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粒子法で解く流体力学:SPH法による「水」と「油」の表現

last_modified: 2026-01-09

1. ミクロのMD、マクロのSPH#

これまでの記事で扱った「分子動力学法(MD)」は、原子一つひとつがポテンシャル(引力・斥力)を感じて動くミクロな世界の話でした。

一方、私たちが普段目にするコップの水やエンジンのオイルは、無数の分子の集合体である 「連続体(Continuum)」 として振る舞います。これを記述するのが 流体力学 であり、その支配方程式が ナビエ・ストークス方程式 です。

今回は、このナビエ・ストークス方程式を「粒子」を使って解く手法、SPH法 (Smoothed Particle Hydrodynamics) を実装しました。 MDの粒子が「原子」であるのに対し、SPHの粒子は「流体の一部分(流体塊)」を表す計算点に過ぎないという点に注意してください。


2. 実験:粘性が世界を変える#

シミュレータの Fluid Type を切り替えるか、Viscosity スライダーを操作してみてください。

  • Water (低粘度): μ0.5\mu \approx 0.5。粒子はサラサラと流れ、容器の中で激しく波打ちます。運動量の拡散が遅いため、勢いがなかなか衰えません。
  • Oil (高粘度): μ4.0\mu \approx 4.0。動きが鈍くなり、しっとりとした挙動になります。隣り合う流体塊との摩擦(せん断応力)が強いため、乱流が抑えられます。
  • Slime (超高粘度): μ>8.0\mu > 8.0。ほとんど個体のように振る舞い、一度形が変わると元に戻るのに時間がかかります。

3. 理論:ナビエ・ストークス方程式の離散化#

SPH法では、以下の非圧縮性ナビエ・ストークス方程式を解いています。

ρDvDt=P+μ2v+Fext\rho \frac{D \mathbf{v}}{Dt} = -\nabla P + \mu \nabla^2 \mathbf{v} + \mathbf{F}_{\text{ext}}

  • ρ\rho (密度): 流体の混み具合。
  • P-\nabla P (圧力勾配項): 「混んでいる場所から空いている場所へ」流体を押し出す力。MDの斥力に似ていますが、ここでは圧力差として計算されます。
  • μ2v\mu \nabla^2 \mathbf{v} (粘性項): 「ネバネバ」の正体。速度のラプラシアン(周囲との速度差の平均)に比例し、周囲の粒子と同じ速度になろうとする拡散の力として働きます。
    • はこの項の係数 μ\mu が大きい流体です。
  • Fext\mathbf{F}_{\text{ext}} (外力項): 重力など。

SPHの魔法:カーネル関数#

SPHでは、ある地点の物理量(密度など)を、周囲の粒子の 重み付き平均(Smoothed) として計算します。

A(r)=jmjAjρjW(rrj,h)A(\mathbf{r}) = \sum_j m_j \frac{A_j}{\rho_j} W(|\mathbf{r} - \mathbf{r}_j|, h)

この WW がカーネル関数です。MDのように「隣の原子とぶつかる」のではなく、「影響範囲 hh 内の流体塊の平均をとる」ことで、連続的な流体の挙動を近似しているのです。


4. まとめ#

  • MD: 原子間の F=VF = -\nabla V を解く(ミクロ)。
  • SPH: 流体塊のナビエ・ストークス方程式を解く(マクロ)。

このシミュレータで見える「油の質感」は、分子間力の結果ではなく、マクロな物性値としての「粘性係数」を大きく設定した結果、流体塊同士が強くブレーキを掛け合っている様子なのです。

粒子法で解く流体力学:SPH法による「水」と「油」の表現
https://ss0832.github.io/posts/20260109_sph_fluid/
Author
ss0832
Published at
2026-01-09
License
CC BY-NC-SA 4.0

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