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化学結合の量子論:二原子分子とLCAO-MO近似

last_modified: 2026-01-07

生成AIによる自動生成記事に関する免責事項: 本記事は、物理学の標準的な教科書および計算化学の理論に基づき、大規模言語モデル(生成AI)によって作成された解説記事です。数式の導出や歴史的経緯の記述においては、学術的な正確性を期しておりますが、学習や研究への応用にあたっては、必ず標準的な教科書を参照してください。

1. 序論:原子から分子へ#

前回までは単独の原子(ヘリウムなど)を扱ってきましたが、今回からはいよいよ「化学結合」、つまり分子の世界に足を踏み入れます。

分子を量子力学的に扱う際、最初の関門となるのが原子核と電子の複雑な多体問題です。ここで導入される最も重要な近似が、ボルン-オッペンハイマー近似です。これは「原子核は電子よりもはるかに重く動きが遅いため、電子が運動している間、原子核は静止しているとみなせる」という仮定です。 ボルン-オッペンハイマー近似によって分子のシュレディンガー方程式の近似が簡単になり、固定された核配置の下での電子の運動(電子状態)と、核の運動(振動・回転)を分離して扱うことが可能になります。


2. 水素分子カチオン:分子軌道法の原点#

最も単純な分子系である水素分子カチオン(H2+\text{H}_2^+)は分子軌道法の原点となる系です。プロトン2つと電子1つからなるこの系に対し、原子軌道(AO)を組み合わせて分子軌道(MO)を作るLCAO(Linear Combination of Atomic Orbitals)近似を適用します。

結合性軌道と反結合性軌道#

2つの水素原子A, Bの1s軌道をそれぞれ ϕA,ϕB\phi_A, \phi_B とすると、分子軌道 ψ\psi は以下のように書けます。

ψ±=N(cAϕA±cBϕB)\psi_{\pm} = N (c_A \phi_A \pm c_B \phi_B)

この水素分子カチオンについてのもっとも簡単な分子軌道法によって結合性軌道と反結合性軌道が得られます

  1. 結合性軌道 (σg\sigma_g): 足し合わせ(++)によって原子核間に電子密度が集中し、エネルギーが低下する(安定化する)軌道。
  2. 反結合性軌道 (σu\sigma_u^*): 引き算(-)によって核間に節(ノード)ができ、電子密度がゼロになるため、エネルギーが上昇する(不安定化する)軌道。

重なり積分と化学結合の本質#

このとき現れる重なり積分は異なる原子上の原子オービタルの間の定量的尺度となります。記号 SS で表され、S=ϕAϕBdτS = \int \phi_A^* \phi_B d\tau です。SS が大きいほど、原子軌道同士が強く相互作用し、結合が強くなります。

古典力学的には説明できない、電子が核間に共有されることによるエネルギーの安定化。すなわち、化学結合の安定性は量子力学的な効果そのものです。

  • 計算化学への接続: 量子化学計算における「基底関数系(Basis Set)」は、このLCAO近似の考えに基づいています。計算ソフトは数千、数万の原子軌道(ガウス関数など)の線形結合係数を決定して、分子全体の電子状態を表現します。

3. 水素分子とヘリウム分子:パウリの排他則と結合次数#

次に電子を2つに増やした水素分子(H2\text{H}_2)を考えます。 分子軌道方法による水素分子の単純な取り扱いでは両方の電子が結合性軌道に入ります。ここで重要なのがスピンです。

パウリの排他則と一重項#

パウリの排他則により、同一の軌道にはスピンが異なる(α,β\alpha, \beta)2つの電子しか入れません。したがって、基底状態の水素分子は、2つの電子が結合性軌道 σg\sigma_g に逆平行スピンで収容された状態となります。

ヘリウム分子の非存在#

さらに電子を増やしてヘリウム原子2つを近づけた系(He2\text{He}_2、電子数4)を考えます。 分子軌道はエネルギーの順に並べられるため、電子は低い方から詰まっていきます。

  1. 最初の2電子は結合性軌道 σg\sigma_g へ(結合生成に寄与)。
  2. 残りの2電子は、パウリの排他則により結合性軌道に入れないため、よりエネルギー高い反結合性軌道 σu\sigma_u^* へ入らざるを得ません。

結合性軌道による安定化と反結合性軌道による不安定化がほぼ相殺(厳密には反結合の方が少し強い)するため、全体として結合は形成されません。このように、分子軌道法は安定なヘリウムの二原子分子が存在しないことを予言できます

  • 計算化学への接続: 構造最適化計算を行う際、結合が存在しない系(例:He2He_2)を与えると、原子間の距離が無限大に広がる(解離する)結果が得られます(分散力を考慮していない手法(Hartree-Fock法等)の場合)。これは計算化学が結合次数を正しく評価している証拠です。

4. 酸素分子の常磁性と光電子スペクトル#

第2周期の二原子分子においても、分子軌道法は異核2原子分子にも使える汎用的な理論ですが、特に酸素分子(O2\text{O}_2)においてその威力を発揮します。

酸素分子はなぜ磁石にくっつくのか?#

古典的な原子価結合理論(ルイス構造式)では、酸素分子はすべての電子が対になっているように見え、反磁性と予想されます。しかし、実験事実は酸素が常磁性(磁石に引き寄せられる性質)を持つことを示しています。

分子軌道法では、酸素分子の最高被占軌道(HOMO)はエネルギーの等しい(縮退した)2つの π\pi^* 反結合性軌道になります。フントの規則に従い、電子はこれら2つの軌道にスピンを平行にして1つずつ入ります。 この不対電子の存在により、分子軌道法によって酸素は常磁性であることが説明できるのです。

理論の裏付け:光電子スペクトル#

分子軌道のエネルギー順位は単なる数学的なモデルではありません。光電子スペクトルは分子軌道の存在を裏付けます。 外部から光を当てて電子を叩き出す実験(PES)を行うと、各分子軌道のエネルギー準位に対応したイオン化エネルギーが観測され、理論計算と見事な一致を示します。

  • 計算化学への接続: 計算インプットで「スピン多重度(Multiplicity)」を指定する際、酸素分子に対しては「1(一重項)」ではなく「3(三重項)」を指定しないと正しいエネルギーが得られません。これは π\pi^* 軌道の不対電子を反映させるためです。

5. 現代計算化学へ:SCF-LCAO-MO法#

これまでの概念を統合し、現代の計算ソフトで実装されている形に定式化したものがSCF-LCAO-MO波動関数です。

これは、SCFの手続きで軌道係数が決定された原子軌道の一次結合で表される波動関数であると言えます。 ハートリー・フォック方程式を行列形式(Roothaan-Hall方程式)に変換し、反復計算(SCF)によって係数 cc を決定します。

また、得られた分子の電子状態は分子の項の記号で示すことが通例です。例えば、基底状態の水素分子は 1Σg+^1\Sigma_g^+、酸素分子は 3Σg^3\Sigma_g^- のように記述され、これらは対称性やスピン多重度を一目で表すラベルとして機能します。


6. Pythonによる可視化:結合性・反結合性軌道の形状#

LCAO近似の核心である「原子軌道の足し合わせと引き算」がどのように電子密度を変化させるか、Pythonで1次元モデルを可視化してみましょう。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

def slater_1s(x, center, z=1.0):
    """1次元上の簡易的なスレーター型1s軌道"""
    r = np.abs(x - center)
    return np.sqrt(z/np.pi) * np.exp(-z * r) # 規格化定数は1次元用に調整せず簡易表示

def plot_lcao_bonding():
    # 座標設定
    x = np.linspace(-4, 4, 500)
    atom_a_pos = -1.0
    atom_b_pos = 1.0

    # 原子軌道 (AO)
    phi_a = slater_1s(x, atom_a_pos)
    phi_b = slater_1s(x, atom_b_pos)

    # 分子軌道 (MO)
    # 結合性 (Bonding): 足し合わせ
    psi_bonding = phi_a + phi_b
    prob_bonding = psi_bonding**2

    # 反結合性 (Antibonding): 引き算
    psi_antibonding = phi_a - phi_b
    prob_antibonding = psi_antibonding**2

    # プロット
    fig, axes = plt.subplots(2, 1, figsize=(10, 8), sharex=True)

    # 1. 波動関数の振幅
    ax1 = axes[0]
    ax1.plot(x, phi_a, '--', color='gray', alpha=0.5, label='AO ($\phi_A$)')
    ax1.plot(x, phi_b, '--', color='gray', alpha=0.5, label='AO ($\phi_B$)')
    ax1.plot(x, psi_bonding, 'b-', linewidth=2, label='Bonding MO ($\phi_A + \phi_B$)')
    ax1.plot(x, psi_antibonding, 'r-', linewidth=2, label='Antibonding MO ($\phi_A - \phi_B$)')
    ax1.axhline(0, color='black', linewidth=0.5)
    ax1.set_title("LCAO-MO: Wavefunction Amplitudes")
    ax1.set_ylabel("$\Psi(x)$")
    ax1.legend()
    ax1.grid(True, alpha=0.3)

    # 2. 電子密度(確率密度)
    ax2 = axes[1]
    ax2.fill_between(x, prob_bonding, color='blue', alpha=0.1, label='Bonding Density')
    ax2.plot(x, prob_bonding, 'b-', linewidth=2)
    
    ax2.fill_between(x, prob_antibonding, color='red', alpha=0.1, label='Antibonding Density')
    ax2.plot(x, prob_antibonding, 'r-', linewidth=2)
    
    # 原子核の位置を表示
    ax2.scatter([atom_a_pos, atom_b_pos], [0, 0], color='black', s=100, zorder=5, label='Nuclei')
    ax2.text(atom_a_pos, -0.1, 'Nucleus A', ha='center')
    ax2.text(atom_b_pos, -0.1, 'Nucleus B', ha='center')

    ax2.set_title("Electron Probability Density ($\Psi^2$)")
    ax2.set_xlabel("Position (arbitrary units)")
    ax2.set_ylabel("Density")
    ax2.legend()
    ax2.grid(True, alpha=0.3)

    print("結合性軌道(青)では原子核間に電子密度が集中しています(これが結合の「糊」となります)。")
    print("反結合性軌道(赤)では原子核間の中点で密度がゼロ(節)になっています。")

    plt.tight_layout()
    plt.show()

plot_lcao_bonding()

この可視化により、結合性軌道では2つの原子核の間に電子雲が分厚く存在し、原子核同士の反発を緩和して系を安定化させている様子(遮蔽効果)が直感的に理解できます。

7. 結論#

今回は、原子軌道を線形結合させる(LCAO)という大胆かつ強力なアイデアによって、化学結合が量子力学的にどのように説明されるかを見てきました。 H2+H_2^+のような単純な系から出発し、O2O_2の磁性という直感に反する現象までを統一的に説明できるのが分子軌道法の強みです。

次回は、二原子分子からさらに拡張し、多原子分子における「混成軌道」や、計算化学で重要となる「基底関数系」の詳細について掘り下げていく予定です。

参考文献#

  • Szabo, A., & Ostlund, N. S. “Modern Quantum Chemistry,” Dover Publications.
  • Atkins, P., & de Paula, J. “Atkins’ Physical Chemistry,” Oxford University Press.
  • マッカーリ・サイモン「物理化学(上・下)」東京化学同人
化学結合の量子論:二原子分子とLCAO-MO近似
https://ss0832.github.io/posts/20260106_physchem_basic_9/
Author
ss0832
Published at
2026-01-07

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