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G行列のスペクトル分解に基づく非局在化内部座標(DIC)の数理的構造と最適化アルゴリズムへの適用

last_modified: 2026-01-07

生成AIによる自動生成記事に関する免責事項: 本記事は、提供された学術論文 Journal of Chemical Physics, Vol. 105, No. 1, 192-212 (1996) の内容に基づき、大規模言語モデルによって作成された解説記事です。理論的な背景、数学的導出、および数値実験の結果を原著の記述に忠実に再構成しています。記事中の評価や解釈は、原著論文が提示した範囲内の議論に限定しており、特定の計算手法の優越性を主張するものではありません。

1. 序論:内部座標系構築における代数的アプローチの必要性#

量子化学計算における分子の平衡幾何構造の決定(構造最適化)は、多次元ポテンシャルエネルギー曲面(PES)上の停留点探索問題に帰着される。この際、探索空間を定義する座標系の選択は、最適化アルゴリズムの数値的挙動に直接的な影響を与える。

デカルト座標(Cartesian Coordinates)は、定義が分子トポロジーに依存せず一意的である反面、化学結合や原子価角といった物理的相互作用を明示的に含まない。その結果、原子間の力の定数(Force Constant)に大きな桁の差が生じ、ヘシアン行列(Hessian Matrix)の条件数(Condition Number)が増大することで、準ニュートン法などの勾配法における探索効率が低下する場合があることが知られている。

これに対し、結合長、結合角、二面角などで構成される内部座標(Internal Coordinates)は、局所的な相互作用を直接記述するため、ヘシアンの対角成分が支配的となりやすく、対角近似などが有効に機能する傾向にある。しかし、1990年代中盤において、複雑な環構造や籠型構造を持つ分子に対して、3N63N-6 個(非線形分子の場合)の独立な内部座標系(Z-matrix等)を一意かつ自動的に定義する一般的手法は確立されていなかった。トポロジー解析に基づく自動生成アルゴリズムは存在したが、しばしば座標の不連続性や定義不能な領域を生じさせる課題があった。

この課題に対し、Baker, Kessi, および Delley(1996)は、幾何学的なヒューリスティクス(発見的手法)に依存せず、線形代数的な操作のみによって内部座標系を構築する手法を提案した[1]。これが**非局在化内部座標(Delocalized Internal Coordinates; DIC)**である。本稿では、DICの生成原理、座標変換の数理、およびその数値的特性について詳述する。


2. 数学的定式化:冗長空間と活性空間の代数的分離#

DICのアプローチは、物理的に意味のある最小セットを選び出すのではなく、過剰な候補(冗長なセット)から数学的に独立な部分空間を抽出することに主眼を置く。

2.1 原始内部座標(Primitive Internal Coordinates)の定義#

まず、分子内の原子間の結合性(Connectivity)に基づき、定義可能な全ての内部座標を列挙する。これらを原始内部座標 qprim\mathbf{q}_{prim} と呼ぶ。 具体的には以下の基準で生成される(原著論文の手順に準拠):

  1. 結合(Stretches): 共有結合半径の和に一定の係数を乗じた閾値以内の全原子ペア。
  2. 結合角(Bends): 共通の原子を介して結合している2つの結合がなす角。直線に近い場合(π\piに近い場合)の特異性を避けるための線形結合処理も含まれる。
  3. 二面角(Torsions): 結合して連なる4原子により定義される。

この段階で生成される座標数 nn は、分子の振動自由度 M=3N6M = 3N-6(または 3N53N-5)に対して nMn \ge M となり、一般に大きな冗長性(Redundancy)を含む。

2.2 WilsonのB行列と線形化された関係#

原始内部座標の微小変位 δq\delta \mathbf{q} と、デカルト座標の微小変位 δx\delta \mathbf{x} の関係は、WilsonのB行列を用いて一次近似(線形化)として記述される[4]。

δqBδx(1)\delta \mathbf{q} \approx \mathbf{B} \delta \mathbf{x} \tag{1}

ここで、B\mathbf{B}n×3Nn \times 3N の行列であり、その要素は Bij=qi/xjB_{ij} = \partial q_i / \partial x_j で与えられる。DICの構築においては、質量重み付き座標ではなく、純粋な幾何学的座標を用いることが一般的であるため、ここでは質量項を含まない形式を採用する。

2.3 G行列のスペクトル分解#

冗長性を定量的に評価し、独立な座標系を構築するために、Bakerらは以下の対称行列 G\mathbf{G} を導入した。これは分光学におけるG行列(逆運動エネルギー行列)と形式的に同等であるが、質量を含まない点が異なる。

G=BBT(2)\mathbf{G} = \mathbf{B}\mathbf{B}^T \tag{2}

G\mathbf{G}n×nn \times n の半正定値実対称行列である。この行列に対して固有値分解を行う。

GU=UΛ(3)\mathbf{G}\mathbf{U} = \mathbf{U}\mathbf{\Lambda} \tag{3} UTGU=Λ=diag(λ1,λ2,,λn)(4)\mathbf{U}^T \mathbf{G} \mathbf{U} = \mathbf{\Lambda} = \text{diag}(\lambda_1, \lambda_2, \dots, \lambda_n) \tag{4}

ここで、U\mathbf{U} は固有ベクトルからなる正規直交行列、Λ\mathbf{\Lambda} は固有値を対角成分に持つ行列である。 B\mathbf{B} 行列のランク(階数)は最大で 3N63N-6(並進・回転を除いた自由度)であるため、G\mathbf{G} 行列の固有値分布は明確に二分される。

  1. 非ゼロ固有値群(Active set): λi>ϵ\lambda_i > \epsilonϵ\epsilon は数値的な閾値、例: 10610^{-6})。これに対応する固有ベクトルは、分子の幾何構造変形を記述する一次独立なモードに対応する。その数は通常 MM 個である。
  2. ゼロ固有値群(Redundant set): λi0\lambda_i \approx 0。これに対応する固有ベクトルは、原始内部座標間の線形従属関係(冗長性)を表す。その数は nMn - M 個である。

2.4 非局在化内部座標(DIC)の構成#

非ゼロ固有値に対応する MM 個の固有ベクトルを列ベクトルとして持つ行列を Uactive\mathbf{U}_{active} (サイズ n×Mn \times M)とする。これを用いて、新しい座標ベクトル S\mathbf{S}(DIC)は以下のように定義される。

S=UactiveTqprim(5)\mathbf{S} = \mathbf{U}_{active}^T \mathbf{q}_{prim} \tag{5}

この操作により、元の nn 個の冗長な座標空間から、数学的に一次独立な MM 個の座標空間への射影が行われる。 各DIC成分 SkS_k は、原始内部座標の線形結合として表される。

Sk=i=1n(Uactive)ikqi(6)S_k = \sum_{i=1}^{n} (\mathbf{U}_{active})_{ik} q_i \tag{6}

この SkS_k は、特定の局所的な結合や角度に対応するものではなく、分子全体にわたる座標の合成成分となるため、「非局在化」座標と呼ばれる。


3. 最適化アルゴリズムにおけるDICの運用#

幾何構造最適化は、このDIC空間 S\mathbf{S} を変数として行われる。ここでは、勾配およびヘシアンの変換則と、最適化ステップの逆変換について記述する。

3.1 勾配ベクトルとヘシアン行列の変換#

デカルト座標系におけるエネルギー勾配ベクトルを gx=E/x\mathbf{g}_x = \partial E / \partial \mathbf{x}、ヘシアン行列を Hx=2E/x2\mathbf{H}_x = \partial^2 E / \partial \mathbf{x}^2 とする。 DIC空間における勾配 gs\mathbf{g}_s およびヘシアン Hs\mathbf{H}_s への変換は、以下の関係式に基づく。

勾配の変換:

gs=(UactiveTBBTUactive)1UactiveTBgx(7)\mathbf{g}_s = (\mathbf{U}_{active}^T \mathbf{B}\mathbf{B}^T \mathbf{U}_{active})^{-1} \mathbf{U}_{active}^T \mathbf{B} \mathbf{g}_x \tag{7}

ここで、UactiveTBBTUactive=Λactive\mathbf{U}_{active}^T \mathbf{B}\mathbf{B}^T \mathbf{U}_{active} = \mathbf{\Lambda}_{active} (非ゼロ固有値の対角行列)であるため、逆行列計算は自明であり、以下のように簡略化される。

gs=Λactive1UactiveTBgx(8)\mathbf{g}_s = \mathbf{\Lambda}_{active}^{-1} \mathbf{U}_{active}^T \mathbf{B} \mathbf{g}_x \tag{8}

ヘシアンの変換(近似): 厳密な変換には、座標変換の非線形項(B行列の微分項)が含まれるが、通常は以下の一次変換項のみが用いられるか、あるいは初期ヘシアンの推定にのみ用いられる。

HsΛactive1UactiveTBHxBTUactiveΛactive1(9)\mathbf{H}_s \approx \mathbf{\Lambda}_{active}^{-1} \mathbf{U}_{active}^T \mathbf{B} \mathbf{H}_x \mathbf{B}^T \mathbf{U}_{active} \mathbf{\Lambda}_{active}^{-1} \tag{9}

3.2 逆変換とステップの更新#

DIC空間での最適化ステップ(例:準ニュートン法による ΔS\Delta \mathbf{S})が得られた後、それをデカルト座標の変位 Δx\Delta \mathbf{x} に変換する必要がある。 線形化された関係式 ΔS=UactiveTBΔx\Delta \mathbf{S} = \mathbf{U}_{active}^T \mathbf{B} \Delta \mathbf{x} の一般解として、最小ノルム解は以下のように与えられる。

Δx=BTUactiveΛactive1ΔS(10)\Delta \mathbf{x} = \mathbf{B}^T \mathbf{U}_{active} \mathbf{\Lambda}_{active}^{-1} \Delta \mathbf{S} \tag{10}

ただし、式(1)の線形近似は有限変位に対しては誤差を含むため、実際には反復的な手順(Back-transformation)を用いて、S(xnew)=Starget\mathbf{S}(\mathbf{x}_{new}) = \mathbf{S}_{target} を満たす xnew\mathbf{x}_{new} を決定する。この際も B\mathbf{B} 行列と U\mathbf{U} 行列を用いたニュートン・ラフソン法などが適用される。


4. 冗長性の物理的意味と数値的挙動#

4.1 冗長部分空間の性質#

G\mathbf{G} 行列のゼロ固有値に対応する固有ベクトル(冗長座標)について、Bakerらはその物理的な意味を考察している。 例えば、平面分子における中心原子周りの結合角和(θi=360\sum \theta_i = 360^\circ)や、環構造における幾何学的な閉殻条件などは、座標変数間の代数的な拘束条件として現れる。 DICの手法では、これらの拘束条件は「値が変化しない(変位がゼロである)方向」として冗長部分空間に分離される。

原著論文での議論によれば、この分離は「線形化された意味での」分離である。したがって、大変形を伴う最適化の過程では、分子構造の変化に伴い B\mathbf{B} 行列および G\mathbf{G} 行列が変化するため、各ステップで(あるいは適当な間隔で)固有値分解を再実行し、局所的な座標系を更新する必要がある場合がある。

4.2 数値実験の結果:対デカルト座標・対Z-matrix#

Bakerらは、提案手法を複数の分子系に適用し、その収束挙動を評価した。

  1. 対デカルト座標: 多くのケース、特に初期構造が平衡構造から遠い場合や、初期ヘシアンが単位行列である場合において、DICを用いた最適化はデカルト座標直接最適化と比較して少ないステップ数で収束した。これは、DICが結合長や角度といった「分子内の硬いモード」と「柔らかいモード」を適切に反映した基底を持っているため、対角ヘシアン近似の質が向上することに起因すると説明される。

  2. 対 従来の自然内部座標(Z-matrix等): 単純な分子においては、DICと適切に構成されたZ-matrix法との間に顕著な効率差は見られなかった。しかし、DICの主要な利点は、ユーザーによる座標定義の試行錯誤が不要である点(Black-box化が可能である点)にあると結論付けられている。

  3. 高対称性分子(Cubaneの例): キュバン(C8H8C_8H_8, OhO_h点群)のような高対称かつ多環式の分子において、DICのアルゴリズムは対称性を正しく反映した。176個の原始内部座標から、対称操作に対して不変な成分のみが抽出され、最終的に構造最適化に必要な2つの全対称座標(C-C結合の対称和、C-H結合の対称和に対応)のみが活性空間として得られた。これは、DICが対称適合座標(Symmetry Adapted Coordinates)を自動生成する能力を持つことを示している。

4.3 構造拘束(Constraints)の処理#

特定の内点間距離や角度を固定する構造拘束が必要な場合、DICでは射影法が用いられる。拘束対象となる座標に対応するベクトルをあらかじめ基底の一部として固定し、残りの自由度に対してシュミットの直交化(Schmidt Orthogonalization)を行うことで、拘束空間と最適化空間を代数的に直交分離する。これにより、ラグランジュ未定乗数法を用いずとも、拘束条件下での最適化が可能となる。


5. 結論と計算化学における位置づけ#

Jon Bakerらが1996年にJ. Chem. Phys.で発表した非局在化内部座標(DIC)法は、幾何構造最適化における座標系生成の問題に対し、以下の特徴を持つアプローチを提示した。

  1. 代数的完結性: トポロジーに基づく複雑な分岐処理を排し、行列演算(BBTBB^Tの対角化)のみによって非冗長な座標系を一意に決定する。
  2. 汎用性: 多環式化合物、籠型分子、クラスターなど、従来のZ-matrix法では定義が困難であった系に対しても、特別な処置なしに適用可能である。
  3. 数値的安定性: 冗長な自由度(特異性をもたらす要因)を固有値分解によって分離することで、最適化アルゴリズムにおける行列演算の条件数を改善する。

一方で、生成される座標は全原子にわたる線形結合となるため、個々の座標変数が持つ直感的な対応関係(局所性)は失われる。このため、最適化過程の追跡や結果の解釈においては、デカルト座標や原始内部座標への逆変換が必要となる。

現在、DICおよびその派生技術は、Gaussian、Q-Chem、PQS、DMol3等の主要な量子化学計算パッケージにおいて実装されており、Pulayらの冗長内部座標(Redundant Internal Coordinates; RIC)法と並び、幾何構造最適化の標準的な座標系として広く利用されている。


参考文献#

  • [1] J. Baker, A. Kessi, and B. Delley, “The generation and use of delocalized internal coordinates in geometry optimization”, J. Chem. Phys. 105, 192-212 (1996).
  • [2] P. Pulay and G. Fogarasi, J. Chem. Phys. 96, 2856 (1992).
  • [3] J. Baker, J. Comput. Chem. 14, 1085 (1993).
  • [4] E. B. Wilson, J. C. Decius, and P. C. Cross, Molecular Vibrations (McGraw-Hill, New York, 1955).
  • [5] C. Peng, P. Y. Ayala, H. B. Schlegel, and M. J. Frisch, J. Comput. Chem. 17, 49 (1996).
G行列のスペクトル分解に基づく非局在化内部座標(DIC)の数理的構造と最適化アルゴリズムへの適用
https://ss0832.github.io/posts/20260106_compchem_dic/
Author
ss0832
Published at
2026-01-07

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