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3-ヒドロキシ-1,5-ヘキサジエンの熱異性化によるケトン合成:Oxy-Cope転位の確立とその反応機構

最終更新:2026-01-04

注意: この記事は生成AIによって自動生成されたものです。内容は J. A. Berson and M. Jones, Jr., “A Synthesis of Ketones by the Thermal Isomerization of 3-Hydroxy-1,5-hexadienes. The Oxy-Cope Rearrangement”, J. Am. Chem. Soc. 1964, 86, 5019–5020 に基づいています。正確な学術的情報は原著論文を参照してください。

1. 結論と本研究の核心的意義#

1964年、ウィスコンシン大学のJerome A. BersonとMaitland Jones, Jr.によって報告された本研究は、有機合成化学における炭素骨格構築法として極めて重要な「Oxy-Cope転位 (Oxy-Cope rearrangement)」を初めて提唱・実証した記念碑的論文である 。

本研究の主要な結論は以下の3点に集約される:

  1. 反応の不可逆化と駆動力の確立: 従来のCope転位は可逆反応であり、生成系への完全な変換が難しい場合があったが、1,5-ヘキサジエン系の3位にヒドロキシ基を導入することで、転位生成物(エノール)が即座にケトンへとトートメリズム(互変異性)を起こし、この熱力学的安定化が強力な駆動力となって反応が完結することを実証した 。
  2. 反応経路の分岐の発見: 基質の骨格構造に応じて、C-1とC-6の間で結合が形成される「二重反転(double-inversion)」と、C-1とC-4の間で結合が形成される「単一反転(single-inversion)」という異なる転位モードが発現することを実験的に明らかにした 。
  3. 合成的有用性の提示: 本反応が単なる理論的興味にとどまらず、複雑な環状ケトンの合成や、環拡大(Ring Expansion)による中員環構築の効率的なルートとなることを示した 。

以下、原著論文の記述に基づき、その理論的背景、実験的検証プロセス、および構造決定の論理を詳細に解説する。


2. 理論的背景:Cope転位の課題とOxy-Cope転位のデザイン#

2.1 古典的Cope転位の課題#

1940年にCopeらによって発見された「Cope転位」は、1,5-ヘキサジエン骨格が熱的に異性化する反応であり、二重反転型(C-1とC-6での結合形成)や単一反転型(C-1とC-4での結合形成)が知られている 。この反応は新しい炭素-炭素結合の形成を伴う強力な手法であるが、炭化水素基質の場合、出発物質と生成物のエネルギー差が小さく、反応は平衡混合物を与えがちであるという課題があった。

2.2 ヒドロキシ基による反応制御#

Bersonらは、この平衡を生成系へ偏らせるための仕掛けとして、転位反応の中心となる1,5-ヘキサジエン骨格のC-3位にヒドロキシ基(-OH)を導入する設計を行った 。

出発物質 (3-ヒドロキシ-1,5-ヘキサジエン)Δ中間体 (エノール)tautomerization生成物 (ケトン)\text{出発物質 (3-ヒドロキシ-1,5-ヘキサジエン)} \xrightarrow{\Delta} \text{中間体 (エノール)} \xrightarrow{\text{tautomerization}} \text{生成物 (ケトン)}

この設計において、転位直後に生成するのはエノール中間体である。エノールは速やかに安定なケトンへと異性化(ケト-エノール互変異性)する 。この過程により逆反応が阻害されるため、反応は生成物側へと完全に進行することになる。著者らはこの反応形式に対して「Oxy-Cope転位」という名称を提案した 。


3. 実験的検証 I:バイシクロ[2.2.2]オクテン系における二重反転#

Bersonらはまず、構造的に剛直なバイシクロ[2.2.2]オクテン骨格を用いて、この反応の検証を行った。

3.1 出発物質の合成と立体化学の決定#

出発物質となるアルコールは、バイシクロ[2.2.2]オクト-5-エン-2-オンに対し、ビニルマグネシウムブロミド(グリニャール試薬)を作用させることで合成された 。この反応では、立体異性体である「2-endo-ビニル-2-exo-ヒドロキシ体」と、そのエピマーである「2-exo-ビニル-2-endo-ヒドロキシ体」が 2:1 の比率で生成した 。

立体配置の決定論理#

これら2つの異性体の立体配置を決定するために、核磁気共鳴(NMR)分光法が駆使された 。

  • 観測データ: 主生成物のビニル基のメチン水素は、副生成物と比較して、より高磁場側(δ\delta 4.30 vs 4.17)にシグナルを示した 。
  • 解釈: バイシクロ[2.2.2]オクテン骨格において、endo位にある置換基は、内部の二重結合(C-5, C-6位)のπ\pi電子雲による磁気遮蔽効果(diamagnetic shielding)を受ける位置にある 。したがって、より高磁場にシフトしている主生成物こそが、ビニル基がendo位にある(二重結合に近い)異性体であると結論付けられた 。

3.2 熱転位反応と生成物の構造解析#

単離された主生成物(endo-ビニル体)を、アンモニア洗浄したガラス管に封入し、320℃で加熱(気相反応)したところ、揮発性成分の90%を占める単一のケトンが得られた 。

構造決定:二重反転(Double Inversion)の証明#

得られたケトンが、予想されるOxy-Cope転位生成物(シス-Δ5,6\Delta^{5,6}-オクタロン-2)であることを証明するため、著者らは以下の化学変換を行った 。

  1. 水素化: 生成物を水素添加すると、純粋なシス-β\beta-デカロンが得られた 。トランス体の混入は認められなかった。
  2. 酸化的開裂: 生成物の二重結合の位置を確定するため、ヒドロホウ素化(hydroboration)に続く酸化処理を行った 。その結果、主生成物として1,6-デカリンジオンが得られた 。このジケトンは、真正サンプルとIRスペクトルおよびガスクロマトグラフィーの保持時間が完全に一致し、誘導体(ジセミカルバゾン)の混融試験でも同一性が確認された 。

この結果は、出発物質のC-1とC-6の間で結合が形成される「二重反転(double-inversion)」形式の転位が進行したことを実証するものである 。なお、詳細な反応機構の検討については、本論文では留保されている 。


4. 実験的検証 II:ノルボルネン系における経路分岐#

次に著者らは、より歪みの大きいバイシクロ[2.2.1]ヘプタン(ノルボルネン)骨格を用いて、反応の一般性と生成物の違いを調査した 。

4.1 出発物質の調製#

7-ノルボルネノンへのビニルグリニャール反応により、主生成物である「syn-7-ビニル-anti-7-ヒドロキシ体」と、その「anti-ビニル異性体」の混合物(4:1)を得た 。

  • 立体化学: 赤外吸収スペクトル(IR)において、副生成物のみが分子内水素結合を示したことから、ヒドロキシ基が二重結合に対して近接するsyn配置にある(したがってビニル基はanti配置)ことが確認された 。ゆえに、主生成物はsyn-ビニル配置を持つ 。

4.2 熱転位:単一反転による環拡大#

syn-ビニル体を250℃で熱分解した結果、バイシクロ[2.2.2]系とは対照的な結果が得られた 。

  • 主生成物(84%): 単一反転(single-inversion)生成物である バイシクロ[3.2.2]ノネン-6-オン-2
  • 副生成物(10%): 二重反転(double-inversion)生成物である シス-バイシクロ[4.3.0]ノネン-2-オン-7

単一反転(Single Inversion)の確認#

ここで観測された主反応は、C-1とC-4の間で結合が形成される形式である。ノルボルネン骨格の場合、この経路は[2.2.1]系から[3.2.2]系への**環拡大(Ring Expansion)**を意味する 。

構造決定のプロセス#

単一反転生成物(バイシクロ[3.2.2]ノネン-6-オン-2)の構造は、水素化によって既知物質である2-バイシクロ[3.2.2]ノナノンへ誘導することで確認された 。この飽和ケトンは、別途合成された標品(cis-4-カルボキシシクロヘキサンプロピオン酸バリウム塩の熱分解生成物)と物理定数が一致した 。 一方、副生成物についても、水素化によりシス-1-ヒドリンダノンを与えることから、二重反転生成物であることが同定された 。


5. 考察:骨格による反応経路の相違#

本論文における重要な発見は、基質の骨格構造によって優先される反応経路が異なるという実験事実である。

  • バイシクロ[2.2.2]系: 2-endo-ビニル体の熱分解では、C-1とC-6の間で結合が形成される「二重反転」型のCope転位が進行し、シス-デカロン誘導体が生成した 。著者らはこれをCope転位として定式化したが、その詳細なメカニズム議論については本報告では行わず、後報に委ねている 。
  • ノルボルネン系: syn-7-ビニル体の熱分解では、二重反転生成物は従属的な生成物(10%)にとどまり、代わってC-1とC-4の間で結合形成が起こる「単一反転」生成物が主生成物(84%)となった 。

著者らはこの経路の分岐現象(二重反転 vs 単一反転)を実験的に明確に示したが、なぜノルボルネン系において単一反転が優先されるかという理論的・機構的な理由については、本論文中(Communication)では断定的な説明を避け、事実の報告に留めている 。 しかしながら、この結果はOxy-Cope転位が単一の生成物だけを与えるとは限らず、基質によって異なる環拡大や骨格変換を引き起こす多様性を持つことを示唆している。


6. 結論と展望:有機合成化学へのインパクト#

BersonとJonesによる本研究は、Oxy-Cope転位が有機合成における強力なツールであることを実証した。

  1. 新規なケトン合成法: 単純なケトンから出発し、ビニルグリニャール反応と熱転位を経ることで、より複雑な骨格を持つ不飽和ケトンを一挙に構築できる 。
  2. 不飽和ケトンの同族体化: 本法は一般に、α,β\alpha,\beta-不飽和ケトンを出発物質とした場合、γ,δ\gamma,\delta-不飽和ケトンを経て、最終的に炭素鎖が2炭素伸長された δ,ϵ\delta,\epsilon-不飽和ケトンへと変換する新たな合成ルートを示唆している 。
  3. 環拡大への応用: 特にノルボルネン系での例は、Oxy-Cope転位がバイシクロ[3.2.2]ノナン系のような中員環を含む系への簡便なアクセス法を提供することを示している 。

本論文は、Oxy-Cope転位という反応形式を確立し、その生成物が基質の骨格に強く依存するという重要な知見を提示した点で、その後の合成化学および反応機構研究の基礎となる報告である。


参考文献#

  1. J. A. Berson and M. Jones, Jr., “A Synthesis of Ketones by the Thermal Isomerization of 3-Hydroxy-1,5-hexadienes. The Oxy-Cope Rearrangement”, Journal of the American Chemical Society, 86, 5019–5020 (1964).
  2. A. C. Cope and E. M. Hardy, Journal of the American Chemical Society, 62, 441 (1940).
  3. S. J. Rhoads in “Molecular Rearrangements,” P. de Mayo, Ed., John Wiley and Sons, Inc., New York, N. Y., 1963.
  4. G. S. Hammond and C. D. De Boer, Journal of the American Chemical Society, 86, 899 (1964).
  5. D. J. Trecker and J. P. Henry, Journal of the American Chemical Society, 86, 902 (1964).
  6. K. Mislow and J. G. Berger, Journal of the American Chemical Society, 84, 1956 (1962).
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  9. J. A. Berson and M. Jones, Jr., Journal of the American Chemical Society, 86, 5017 (1964).
  10. P. G. Gassman and P. G. Pape, Journal of Organic Chemistry, 29, 160 (1964).
  11. R. K. Bly and R. S. Bly, Journal of Organic Chemistry, 28, 3165 (1963).
3-ヒドロキシ-1,5-ヘキサジエンの熱異性化によるケトン合成:Oxy-Cope転位の確立とその反応機構
https://ss0832.github.io/posts/20260104_orgchem_oxy_cope_rearrangement/
Author
ss0832
Published at
2026-01-04

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