last_modified: 2026-01-04
免責事項: 本記事は、Keith J. LaidlerおよびM. Christine Kingによる論文 J. Phys. Chem. 1983, 87, 2657-2664 を基に、生成AIによって作成された解説記事です。歴史的事実や数式の正確な記述については、必ず原著論文を参照してください。
1. 序論:化学反応速度論における3つの源流
1935年にHenry Eyring、およびM. G. EvansとM. Polanyiによって独立に定式化された遷移状態理論(Transition-State Theory: TST)は、化学反応速度論における一つの到達点と見なされている 。この理論は突如として現れたものではなく、19世紀後半から20世紀初頭にかけて発展した3つの主要な理論的潮流、すなわち(1)熱力学的アプローチ、(2)気体分子運動論的アプローチ、(3)統計力学的アプローチの融合によって成立したものである 。
本稿では、LaidlerとKingのレビューに基づき、これら3つの源流がいかにして「活性錯合体(Activated Complex)」の概念へと収束し、現代の反応速度論の基礎となる数理的枠組みを形成したのかを詳述する。また、理論発表当時の学術界での受容過程や批判についても触れる。
2. 熱力学的アプローチの展開
反応速度論への熱力学的アプローチは、化学平衡と反応速度の密接な関係に着目することから始まった。
2.1 van’t HoffとArrheniusの貢献
1884年、Jacobus Henricus van’t Hoffは、平衡定数 の温度依存性を記述する式(van’t Hoffの式)を提案した 。
ここで は標準内部エネルギー変化である 。van’t Hoffは、化学平衡において正反応の速度定数 と逆反応の速度定数 の比が平衡定数に等しいこと()を利用し、上式を速度定数の項に分離した 。
これを個別の速度定数について記述すると、以下の形式が得られる。
ここで は積分定数のような項であるが、実験的には近似的にゼロと見なせるため、Svante Arrheniusによって1889年に普及したいわゆる「アレニウスの式」の微分形が導かれる 。
2.2 Marcelinと親和力(Affinity)
1910年、R. Marcelinは「親和力(Affinity)」という概念を用いて反応速度を記述しようと試みた 。彼が用いた親和力 は、現代の用語では活性化状態への部分モルギブス自由エネルギー変化の負の値()に相当する 。Marcelinは以下の形式の式を提案した。
これは、活性化ギブスエネルギーを用いた表現へとつながる重要なステップであった 。
2.3 KohnstammとScheffer:活性化エントロピーの導入
1911年、P. KohnstammとF. E. C. Schefferは、より明確な熱力学的定式化を行った 。彼らは平衡定数と標準ギブス自由エネルギー変化の関係()を出発点とし、これを正逆の反応速度定数に分割した 。
ここで導入された は、初期状態から「中間状態(Intermediate State)」へ移行する際のギブスエネルギー変化と解釈された 。さらに彼らは熱力学的関係式を用いてこれをエンタルピー項とエントロピー項に展開した。
この式における はすべての反応に共通する因子とされたが、彼らはその物理的意味(後の )を特定することはできなかった 。しかし、活性化エントロピー という概念を導入した功績は極めて大きい 。
3. 気体分子運動論的アプローチ
熱力学的アプローチと並行して、気体分子運動論に基づく衝突理論が展開された。
3.1 TrautzとLewisの衝突理論
1916年から1918年にかけて、M. TrautzとW. C. McC. Lewisは独立に、硬体球モデルに基づく衝突理論を展開した 。彼らは、反応速度定数が「衝突頻度因子 」と「ボルツマン因子」の積で表されるとした。
ここで は衝突直径、 はアボガドロ定数である 。
3.2 放射説(Radiation Hypothesis)の影響
興味深いことに、TrautzとLewisは当時流行していた「放射説」の支持者であった 。これは、化学反応に必要な活性化エネルギーは赤外線の吸収によって供給されるという仮説である 。彼らは衝突理論の式が実験と一致することを、放射説を支持する証拠と考えていたが、後にLangmuirらによって放射説は否定された 。にもかかわらず、彼らが導出した衝突頻度の式自体は、単純な気相反応において有効であり続けた 。
3.3 衝突理論の限界
Lewisはこの理論を という反応に適用し、実験値との良好な一致を見た 。しかし、多くの反応において理論値と実験値には大きな乖離(数桁の違い)が見られた。これを補正するために、Hinshelwoodらは経験的な「立体因子 」を導入したが、これは任意性が高く、理論的な不満を残すものであった 。
4. 統計力学的アプローチと位相空間
第3の、そして最も重要な流れは統計力学の応用である。
4.1 位相空間上の運動としての反応
1914年、Marcelinは反応を位相空間(Phase Space)における点の運動として記述する画期的な視点を提示した 。彼は一般化座標 と運動量 を用いて系の状態を記述し、反応が起こるための臨界表面(Critical Surface)を通過する点の密度を計算しようと試みた 。
4.2 Riceの「臨界増分(Critical Increment)」
1915年、J. RiceはMarcelinの概念を拡張し、ポテンシャルエネルギー が特定の座標 (反応座標)に依存するモデルを考察した 。彼は、ポテンシャルエネルギーが最大値 をとる点を「臨界状態」とし、活性化エネルギー(臨界増分)が「活性化状態のエネルギー」と「反応物の平均エネルギー」の差であることを導き出した 。
4.3 Herzfeldと普遍定数 の出現
1919年、K. F. Herzfeldは二原子分子の解離反応に対して統計力学を適用し、極めて重要な式を導出した 。彼は平衡定数を分配関数で表し、逆反応(再結合)に衝突理論を適用することで、正反応(解離)の速度定数 として以下の式を得た。
ここで初めて、遷移状態理論の核となる普遍的な頻度因子 が出現した 。これはプランク定数 が反応速度式に含まれる最初の例であり、後の理論展開への決定的な布石となった。
4.4 PelzerとWigner:ポテンシャルエネルギー曲面
1932年、PelzerとWignerは、反応の進行をポテンシャルエネルギー曲面上の鞍点(Saddle Point)を越える運動として具体的に記述した 。彼らの研究は、反応の障壁を越える系に注目した最初期の例であり、1935年の理論完成に直結する重要な貢献であった。
5. 1935年の統合:遷移状態理論の完成
1935年、プリンストン大学のHenry Eyring、およびマンチェスター大学のM. G. EvansとM. Polanyiは、ほぼ同時に、これら3つの流れを統合する理論を発表した 。
5.1 Eyringの公式とEvans-Polanyiのアプローチ
Eyringの定式化は以下の有名な式で表される 。
または熱力学的な表記では:
ここで は透過係数、 は分配関数である。 EyringのアプローチとEvans-Polanyiのアプローチは本質的に等価であるが、EvansとPolanyiは特に圧力効果や溶液内反応への応用に焦点を当てていたという点で力点の違いがあった 。
5.2 理論の3つの柱
LaidlerとKingは、1935年の理論が以下の3つの要素を統合した点に革新性があったと総括している 。
- 活性錯合体への注目: ポテンシャル曲面の鞍点にある活性錯合体に注目し、それ以前の過程を捨象して速度を計算する 。
- 準平衡(Quasi-equilibrium)仮説: 反応物と活性錯合体の間に平衡が成立していると仮定し、平衡理論を適用して錯合体の濃度を計算する 。
- 反応座標上の自由並進: 遷移状態における反応座標方向の運動を、通常の並進運動として扱い、運動論的に処理する 。
これら個々の要素はMarcelinやHerzfeldらによって既に提案されていたものであったが、それらを一つの一般的な数理モデルとして統合したことが彼らの功績である 。
6. 理論の受容と論争
6.1 初期における抵抗と出版の危機
Eyringの論文は当初、Journal of Chemical Physics の編集者であったHarold Ureyによってリジェクトされた 。査読者は「方法は不健全であり、結果は不正確である」と酷評した 。しかし、H. S. TaylorやE. Wignerの介入により、最終的に出版に漕ぎ着けた経緯がある 。
6.2 LindemannとGuggenheimによる批判
理論発表後も批判は続いた。オックスフォードでのセミナーではF. A. LindemannがEyringを公然と攻撃した 。また、E. A. Guggenheimは1937年のFaraday Societyの討論会で、Eyringの理論を「不毛(sterile)」と断じ、「反応座標が何か分からない以上、この扱いは無意味である」と批判した 。
6.3 準平衡仮説に関する議論
特に議論の的となったのは「準平衡仮説」の妥当性である。反応が進行している最中に、反応物と遷移状態の間にボルツマン分布が維持されるのかという疑問に対し、Polanyiは1937年に、平衡状態での反応速度を基準に考えることで正当性を主張した 。現在では、活性化エネルギーが に比べて十分に大きければ(約5倍以上)、この仮説は良い近似となることが知られている 。
7. 結論:概念的枠組みとしての勝利
絶対的な反応速度を第一原理から計算するという当初の野心的な目標に対し、ポテンシャルエネルギー曲面の計算精度という課題により、その完全な実現は1983年時点でも困難であった 。 しかし、遷移状態理論は、実験化学者に対して「反応がどのように起こるか」という深い洞察を与える概念的枠組みとして、不動の地位を築いた 。溶媒効果、同位体効果、圧力効果などを定性的に、あるいは半定量的に理解する上で、この理論は現在でも最も強力なツールであり続けている 。
1935年の理論は、熱力学、運動論、統計力学という19世紀以来の物理化学の成果を見事に統合し、現代化学の言語体系を決定づけた記念碑的業績であると言える。
参考文献
- Keith J. Laidler and M. Christine King, “The Development of Transition-State Theory,” J. Phys. Chem. 1983, 87, 2657-2664.
