last_modified: 2026-01-04
免責事項: 本記事は、M. G. EvansおよびM. Polanyiによる論文 Trans. Faraday Soc. 1935, 31, 875-894 を基に、生成AIによって作成された解説記事です。数式や論理の正確な内容は、必ず原著論文を参照してください。
1. 序論:反応速度論における新たな地平
1935年は化学反応速度論にとって特筆すべき年である。Henry Eyringが統計力学に基づいた絶対反応速度論(遷移状態理論)を発表したのと同時期に、マンチェスターのM. G. EvansとM. Polanyiもまた、同様の概念に基づきつつ、より「溶液内反応」と「圧力効果」に焦点を当てた理論を構築していた。
従来、反応速度に対する圧力の影響は、溶媒の物理的変化などの二次的な効果として処理される傾向があった 。しかし、Cohenらの広範な実験やFawcettとGibsonによる有機反応の研究は、圧力が反応速度に特異的な影響を与えることを示唆していた。
EvansとPolanyiのアプローチの核心は、反応系が遷移状態(Transition State)と呼ばれる特定のエネルギー障壁の頂点を通過する過程として化学反応を捉え、その平衡定数の圧力依存性から反応速度の変化を導き出す点にある 。本稿では、彼らが提唱した「遷移状態法(Transition State Method)」の数理的構造と、それが予測する圧力効果、および溶液反応における衝突頻度の解釈について詳述する。
2. 理論的枠組み:遷移状態法の定式化
本手法の基礎は、反応物(Initial State)と生成物(Final State)の間に存在するポテンシャルエネルギー障壁の頂点に、「遷移状態」という熱力学的な状態を定義することにある 。
2.1 遷移状態の定義と次元性
反応系が 個の原子から成る場合、そのポテンシャルエネルギー曲面は多次元空間に描かれる。反応は、エネルギー障壁の頂点を通る特定の経路(反応経路)に沿って進行する。 著者らは、障壁の頂上において、反応経路に沿った接線方向の座標 を定義する 。
- 全自由度:
- 遷移状態の自由度: 頂上においては、並進・回転の6自由度に加え、座標 方向への運動が存在するため、残りの 個の自由度はポテンシャルの谷(振動モード)に対応する 。
遷移状態は、座標 方向に厚み を持つ位相空間上の無限に薄い層として定義される 。この層の中に代表点(Representative Point)が存在する確率を と定義し、調和振動子近似の下で解析を行う 。
2.2 反応速度式の導出
反応速度は、遷移状態にある代表点が、反応方向(生成系方向)へ層 を通過する頻度として計算される。
寿命(Life Period): 代表点が層 を通過するのに要する時間は、その方向の平均速度を とすると、 で表される 。
反応速度(Reaction Velocity): 平衡状態において、遷移状態には反応物側から来たものと生成物側から来たものが等しく含まれると考えられる。したがって、一方向への反応速度は、遷移状態の確率(存在量)の半分を寿命で割ったものとなる 。
ここで、層の厚み が式から消去されている点に注目すべきである 。
平衡定数との関連: 熱力学的な平衡定数 を、遷移状態の確率 に比例する量として導入する。反応速度定数 は以下のように定式化される 。
ここで、 は反応物と遷移状態の間の「平衡定数」であり、 は障壁頂上における熱運動の平均速度である。
この式は、従来の気体分子運動論的な「衝突因子」を含まず、代わりに「遷移状態の熱力学的確率」を用いた表現となっている 。
3. 環境変数の影響と熱力学的アプローチ
EvansとPolanyiの理論の核心は、反応速度定数に対する環境変数(温度、圧力、溶媒組成など)の影響を、一般化された熱力学的式を用いて記述した点にある。
3.1 一般化された微分方程式
ある環境変数 が変化した際の平衡定数 の変化は、以下の一般式で表される 。
ここで は、反応物(Initial State)から遷移状態へ移行する際のエネルギー変化に対応する 。
- もし が温度 であれば、右辺は活性化エネルギーに関連した項(アレニウス式)となる 。
- 本論文で主眼となるのは、 が静水圧 の場合である 。
3.2 圧力効果と活性化体積
変数を圧力 としたとき、エネルギー項は体積変化 に対応する。したがって、反応速度の圧力依存性は次のように導かれる 。
(注: 論文中の式(iia) は、符号の定義に依存するが、一般的に加圧により体積減少方向の反応が加速されることを意味する)
ここで (論文中では )は「活性化体積」と呼ばれ、反応物から遷移状態に至る際のモル体積の変化量 () を表す 。
この関係式は、反応速度の圧力依存性を測定することで、遷移状態の体積、ひいてはその構造的特徴(密度)を推定できることを示している 。これは反応機構の解明において、温度依存性から得られる活性化エネルギーと同等に重要な情報源となる。
4. 活性化体積 の構成要素
著者らは、活性化体積 を以下の2つの要因の和として詳細に解析している 。
4.1 構造変化に伴う体積変化 ()
反応分子が結合を形成または開裂する際に生じる、分子自体の幾何学的な体積変化である 。
事例: 反応 この反応の遷移状態は、I-H-H-I という直線状の原子配置をとると考えられる 。 著者らは、ヨウ素分子の断面積を持つ円筒と半球からなるモデルを用いて遷移状態の体積を見積もり、反応物系から遷移状態系への変化に伴い、約 20 cc/mol の体積減少が生じると試算した 。
重合反応と環化反応 イソプレンからジペンテンへの二量化のような反応では、遷移状態において2つの分子が接近し、新たな結合形成の前段階にあるため、初期状態よりも密度が高くなる(体積が減少する)。したがって、これらの反応は加圧によって著しく加速されることが予測される 。
4.2 溶媒和の変化に伴う体積変化 ()
溶媒中での反応では、遷移状態における電荷分布や双極子モーメントの変化が、周囲の溶媒分子の配列(溶媒和)に影響を与え、系全体の体積を変化させる 。
- 電気歪み(Electrostriction): 遷移状態が反応物よりも強い静電場を持つ場合、周囲の溶媒分子は強く引き寄せられ、溶媒の圧縮(体積減少)が起こる 。 逆に、電荷の分散が起こる反応(例: )では、遷移状態において電荷が広い範囲に分散するため、溶媒への束縛が弱まり、体積は増加する()傾向がある [cite: 540, 541, 542]。 この場合、加圧は反応を阻害する(減速させる)要因となる 。
5. 「遅い反応」と立体因子:エントロピー的解釈
溶液内反応において、気相の衝突理論から予測される速度よりも著しく遅い反応(Slow Reactions)が存在することが知られていた(例:第4級アンモニウム塩の生成反応) 。EvansとPolanyiは、これを遷移状態の「確率」の観点から説明した。
5.1 内部自由度と分配関数
複雑な分子間の反応において、反応速度定数式(衝突理論)に内部自由度を単純に導入することは誤りであると著者らは指摘する 。 統計力学的な平衡定数 は分配関数(Partition Functions)の比で表される。
遷移状態においては、反応物の並進・回転の自由度の一部が、新たな振動モード(個)に変換される 。
5.2 複雑性と立体的制約
複雑な分子同士が反応して1つの錯合体を形成する場合、遷移状態の形成に伴い多くの回転自由度が失われ、振動自由度に変わる。これはエントロピーの大幅な減少(確率の低下)を意味する 。 特に、「遅い反応」とされる系(例:)では、遷移状態の構造が生成物(第4級塩)に非常に近く、原子間の距離や配置に厳しい制約が課されると考えられる 。
- トリフェニルメチルの二量化: ヘキサフェニルエタンへの会合において、平衡定数が単純な原子の会合に比べて極めて小さい(約 倍)ことは、複雑な分子が結合する際の確率低下(エントロピー減少)を裏付けている 。
つまり、従来の「立体因子(Steric Factor)」が小さいということは、遷移状態における構造的制約が厳しく、熱力学的確率が低いことと等価であると結論付けられる 。
6. 溶液中の衝突頻度に関する考察
本論文のもう一つの重要な貢献は、溶液中における「衝突数」の理論的見積もりである。著者らは、溶液反応を気相反応からの類推で扱う近似的手法を提案した。
6.1 溶解度と衝突数
溶液中の反応速度を、気相における反応速度と溶解度係数 を用いて記述する 。
溶解度 をボルツマン因子 で近似すると 、熱の効果は活性化エネルギー項に吸収され、頻度因子(衝突数)は係数 (約100倍)によって修正される 。
6.2 理論値と実験値の比較
- 溶質同士の衝突: 気相での衝突数が 程度であるのに対し、溶液中では 程度と見積もられる 。これはMoelwyn-Hughesによる多数の実験データと一致する。
- 溶媒と溶質の衝突: 溶媒分子自身が反応に関与する場合、その衝突数はさらに増大し、 程度に達すると予測される 。
これにより、溶液反応において観測される頻度因子の大きさや、溶媒の種類による反応速度の違いを、溶媒和や溶解度の観点から統一的に説明することが可能となった。
7. 結論と歴史的意義
EvansとPolanyiによる本論文は、以下の点において物理化学の発展に決定的な役割を果たした。
- 絶対反応速度の一般式: という簡潔な式により、反応速度を遷移状態の熱力学的性質(平衡定数)と結びつけた 。
- 圧力効果の理論的基盤: の導出により、高圧化学反応の予測と解析に強力なツールを提供した。これにより、遷移状態の「体積」という具体的な物理量を議論することが可能になった 。
- 溶液反応の微視的解釈: 立体因子や溶媒効果を、遷移状態のエントロピーや溶媒和の変化として定量的に説明する道筋をつけた 。
彼らの理論は、Brønstedの速度式を一般化し、その未知定数に物理的意味を与えたものとも言える 。この熱力学的アプローチは、後の反応機構解析において、活性化体積の測定が反応のメカニズム(結合の開裂か形成か、イオン化か中性化か)を決定する重要な手段となる基礎を築いたのである。
参考文献
- Evans, M. G.; Polanyi, M. “Some Applications of the Transition State Method to the Calculation of Reaction Velocities, Especially in Solution”. Trans. Faraday Soc. 1935, 31, 875-894.
- Eyring, H. J. Chem. Phys. 1935, 3, 107.
- Cohen, E. Problems in Piezochemistry, 1926.
- Fawcett, E. W.; Gibson, R. O. J. Chem. Soc. 1934, 386.
