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3炭素系におけるアリル基の転位反応:Cope転位の発見と構造決定に関する研究

最終更新:2026-01-03

注意: この記事は生成AIによって自動生成されたものです。内容は A. C. Cope and E. M. Hardy, “The Introduction of Substituted Vinyl Groups. V. A Rearrangement Involving the Migration of an Allyl Group in a Three-Carbon System”, J. Am. Chem. Soc. 1940, 62, 441–444 に基づいています。正確な学術的情報は原著論文を参照してください。

序論:炭素鎖上でのアリル基移動の発見#

有機化学における転位反応の研究は、分子骨格の構築手法および反応機構の理解において重要な地位を占めている。本稿では、Arthur C. CopeおよびElizabeth M. Hardyによって1940年に報告された、3炭素系(three-carbon system)におけるアリル基の熱的転位反応に関する研究について詳述する 。

本研究以前、アリル基の移動を伴う転位反応としては、アリルエーテル類におけるClaisen転位が知られていた 。Claisen転位では、アリル基が酸素原子から炭素原子へと移動するのに対し、Copeらが報告した本反応は、アリル基が炭素原子から別の炭素原子へと移動する初めての事例である 。具体的には、Ethyl (1-methylpropenyl)-allylcyanoacetate(化合物 I)が加熱により異性化し、Ethyl (1,2-dimethyl-4-pentenylidene)-cyanoacetate(化合物 II)へと変化する現象が見出された 。

この発見は、後に[3,3]-シグマトロピー転位として体系化される「Cope転位」の原点となるものであり、電子吸引性基を持つ炭素鎖上でのアリル基の挙動を明らかにした点で、物理有機化学的にも極めて高い意義を有する。


1. 反応物および生成物の合成と性質#

Copeらは、アルキリデンシアノ酢酸エステルのアルキル化反応を研究する過程で、特定の置換基を持つ化合物が熱的に不安定であり、蒸留操作中に高沸点の異性体へ変化することを見出した 。

1.1 出発物質:Ethyl (1-methylpropenyl)-allylcyanoacetate (I)#

1.1.1 合成法#

化合物(I)は、Ethyl (1-methylpropylidene)-cyanoacetateのナトリウムエノラートに対し、無水エタノール中で臭化アリル(Allyl bromide)を作用させることで合成された 。反応混合物は中性になるまで還流(約45分間)された後、ベンゼン抽出により処理された 。

1.1.2 精製と物理的性質#

この化合物の単離において最も重要な点は、加熱による転位を防ぐために極めて低い圧力下で蒸留を行うことである 。1 mm Hgという低圧下で過熱を避けて蒸留することで、化合物(I)は安定な状態で単離された 。 精製された化合物(I)の物理定数は以下の通りである 。

  • 沸点:94.5–96℃ (1 mm)
  • 屈折率 (nD25n^{25}_D):1.4609
  • 分子屈折 (MDM_D):58.54(計算値 58.10)

1.2 転位生成物:Ethyl (1,2-dimethyl-4-pentenylidene)-cyanoacetate (II)#

1.2.1 転位の観測と最適化#

化合物(I)をより高い圧力(15–20 mm)で蒸留しようと試みた際、部分的な転位が進行し、沸点および屈折率の上昇が観測された 。Copeらは、この転位を完結させるための条件を詳細に検討した。

  • 減圧条件:18 mmの圧力下で4時間還流(液温150–160℃)することで転位は実質的に完了した 。
  • 常圧条件:大気圧下(約260℃)で20分間還流することによっても、迅速に転位が進行した 。

1.2.2 物理的性質の変化#

転位生成物(II)は以下の物理定数を示した 。

  • 沸点:147–148℃ (16 mm)
  • 屈折率 (nD25n^{25}_D):1.4780
  • 分子屈折 (MDM_D):59.63(計算値 58.10)

特筆すべきは、転位に伴い分子屈折に +1.53 の著しい高揚(exaltation)が見られた点である 。また、屈折率も 1.4609 から 1.4780 へと上昇した。これらの物理データの変化は、生成物(II)において二重結合が共役系(シアノ基およびエステル基との共役)に組み込まれたことを強く示唆している 。


2. 構造決定の論理的プロセス#

本研究の核心は、転位前後の化合物(I)および(II)の構造を厳密な化学的手法によって決定した点にある。Copeらは、還元反応、分解反応、および別途合成を組み合わせることで、アリル基の移動様式を確定した。

2.1 出発物質(I)の構造証明#

化合物(I)が予想通りの α\alpha-アルキル化生成物であることを証明するために、定量的還元が行われた。

  1. 水素化: パラジウム炭素触媒を用いた接触水素化により、2分子の水素が吸収された 。得られた還元生成物は Ethyl s-butyl-propylcyanoacetate であり、その沸点(138–140℃/25 mm)および屈折率(1.4358)は、別途合成した真正サンプルと一致した 。
  2. 誘導体化: 還元生成物を尿素と縮合させることで、5-propyl-5-s-butyl-barbituric acid(融点 135–137℃)が得られた 。この誘導体の融点および混融試験の結果は、既知の方法で合成された標品と完全に一致し、化合物(I)の炭素骨格が確認された 。

2.2 転位生成物(II)の構造証明#

転位反応によって生成した化合物(II)の構造決定は、以下の3つのアプローチによって行われた。

2.2.1 水素化による飽和骨格の確認#

化合物(II)の接触水素化においても2当量の水素が消費された 。還元生成物は Ethyl (1,2-dimethylpentyl)-cyanoacetate であり、これを尿素と縮合させると、融点 219.5–220.5℃ のバルビツール酸誘導体が得られた 。高い融点はモノアルキルバルビツール酸の特徴と一致しており、転位によってアリル基が α\alpha 位から移動したことを示唆している 。

2.2.2 アンモニアによる開裂反応(Cleavage)#

最も決定的な証拠は、化合物(II)を濃アンモニア水と処理することで得られた分解生成物の同定である。30時間の振盪反応により、化合物(II)は以下の2つのフラグメントに開裂した。

  1. Cyanoacetamide: 融点 121–122℃。真正サンプルとの混融試験により同定された 。
  2. Unsym-methyl allyl acetone (3-methyl-5-hexene-2-one): 沸点 137–138℃ 。このケトンの構造は、セミカルバゾン(融点 84–85℃)および2,4-ジニトロフェニルヒドラゾン(融点 41–42℃)への誘導体化を行い、既知の方法(Ethyl allylacetoacetateからの合成)で調製した標品の誘導体と完全に一致することで証明された 。

この開裂反応は、化合物(II)が α,β\alpha, \beta-不飽和エステル構造(アルキリデンシアノ酢酸エステル構造)を有していることを化学的に証明するものである 。

2.2.3 別途合成(Synthesis)#

構造(II)の正当性を最終的に確認するために、同定された分解生成物からの逆合成が行われた。Unsym-methyl allyl acetone と Ethyl cyanoacetate を、酢酸アンモニウムおよび酢酸を触媒としてベンゼン中で脱水縮合させた 。 得られた生成物の沸点(153–154℃/23 mm)および屈折率(1.4781)は、熱転位によって得られた化合物(II)の物性と極めて良好に一致した 。


3. 反応機構とClaisen転位との関連性#

Copeらは、実験事実に基づき、この転位反応の機構について詳細な考察を行っている。

3.1 アリル基の α,γ\alpha, \gamma 移動と二重結合のシフト#

構造解析の結果、転位反応においてアリル基は3炭素系の α\alpha 位から γ\gamma 位へと移動し、同時に二重結合が β,γ\beta, \gamma 位から α,β\alpha, \beta 位へと移動して共役系を形成することが明らかとなった 。

  • 反応前 (I): CH3CH=C(CH3)C(CN)(COOEt)CH2CH=CH2CH_3-CH=C(CH_3)-C(CN)(COOEt)-CH_2-CH=CH_2
  • 反応後 (II): CH3CH(CH2CH=CH2)C(CH3)=C(CN)(COOEt)CH_3-CH(CH_2-CH=CH_2)-C(CH_3)=C(CN)(COOEt)

3.2 環状遷移状態と駆動力#

Copeらは、この反応がClaisen転位(アリルエノールエーテル、アリルフェノールエーテル、アリルビニルエーテルの転位)と類似の要因によって進行すると推測した 。 Claisen転位ではアリル基が電子求引性の酸素原子から炭素原子へ移動するのに対し、本反応では、シアノ基およびエステル基によって電子求引性が高められた α\alpha 炭素原子から、より電子求引性の低い γ\gamma 炭素原子へとアリル基が移動する 。 また、他のアルキル基(プロピル基やブチル基)を持つ類縁体においては、はるかに高い温度でも安定であり転位が進行しなかったことから、この異性化にはアリル基の二重結合が不可欠であることが示された 。

これらの事実から、Copeらは本反応が分子内反応であり、**環状遷移状態(Cyclic Mechanism)**を経由する可能性が高いと結論付けた 。さらに、アリル基が移動する過程で「反転(turned around)」すること、すなわち α\alpha 位に結合していた炭素が γ\gamma 位へ移動する際に末端炭素と結合位置が入れ替わることを指摘している 。この洞察は、後のWoodward-Hoffmann則などによるペリ環状反応の理論的解明につながる重要な視点である。


4. 結論#

本論文におけるCopeとHardyの報告は、3炭素系におけるアリル基の熱的転位を実証した最初の例であり、以下の点で学術的に重要である。

  1. 新規転位反応の確立: Ethyl (1-methylpropenyl)-allylcyanoacetate が 150–260℃ の加熱により、アリル基の αγ\alpha \to \gamma 移動と二重結合の移動を伴って Ethyl (1,2-dimethyl-4-pentenylidene)-cyanoacetate へ異性化することを厳密に証明した 。
  2. 構造決定の信頼性: 分解反応生成物の同定および別途合成により、転位生成物の構造を疑いようのない精度で決定した 。
  3. 反応機構の洞察: 本反応がClaisen転位の炭素類縁体(carbon analog)であり、アリル基の関与する環状メカニズムを経由することを提案した 。

この研究は、有機合成化学における炭素-炭素結合形成の新たな手法を提供するだけでなく、シグマトロピー転位という広範な反応クラスの理解に向けた基礎を築いたものと評価される。


参考文献#

  1. A. C. Cope and E. M. Hardy, “The Introduction of Substituted Vinyl Groups. V. A Rearrangement Involving the Migration of an Allyl Group in a Three-Carbon System”, Journal of the American Chemical Society, 62, 441–444 (1940).
  2. A. C. Cope and E. M. Hancock, Journal of the American Chemical Society, 60, 2903 (1938).
  3. L. Claisen, Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, 45, 3157 (1912).
  4. L. Claisen and E. Tietze, Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, 58, 275 (1925).
  5. W. M. Lauer and E. I. Kilburn, Journal of the American Chemical Society, 59, 2586 (1937).
  6. C. D. Hurd and M. A. Pollack, Journal of Organic Chemistry, 3, 550 (1939).
  7. W. H. Hartung, Journal of the American Chemical Society, 50, 3372 (1928).
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  9. A. Kötz, Journal für Praktische Chemie, [2] 75, 479 (1907).
  10. Jacobi and Merling, Liebigs Annalen der Chemie, 278, 11 (1894).
3炭素系におけるアリル基の転位反応:Cope転位の発見と構造決定に関する研究
https://ss0832.github.io/posts/20260103_orgchem_cope_rearrangement/
Author
ss0832
Published at
2026-01-03

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