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Pummerer型転位反応におけるPost-Transition State Bifurcationと溶媒依存的な動的選択性:詳細解説

最終更新:2026-01-03

注意: この記事は生成AIによって自動生成されたものです。内容は主に以下の文献に基づいています。

  • Primary Source: Stephanie R. Hare, Da Ang Li and Dean J. Tantillo, “Post-transition state bifurcations induce dynamical detours in Pummerer-like reactions”, Chem. Sci., 2018, 9, 8937–8945. DOI: 10.1039/c8sc02653j 正確な学術的情報は原著論文を参照してください。

序論:反応動力学における新たなパラダイム#

有機化学反応の選択性を予測する際、長らく遷移状態理論 (Transition State Theory, TST) がその中心的な役割を果たしてきました。TSTの枠組みでは、反応物と生成物はポテンシャルエネルギー曲面 (Potential Energy Surface, PES) 上の最小エネルギー経路 (Minimum Energy Path, MEP) で結ばれ、その最高点である遷移状態 (Transition State, TS) のエネルギー差が生成物比を決定すると仮定されます 。

しかし、近年の計算化学の進展により、この古典的な描像では説明できない反応が多数存在することが明らかになってきました。その代表例が遷移状態後の分岐 (Post-Transition State Bifurcation, PTSB) です 。PTSBを示す反応では、単一の遷移状態(Ambimodal TS)が、中間体を経由することなく複数の生成物へと繋がっています 。このような反応は、ペリ環状反応、カルボカチオン転位、および求電子付加反応などで報告されています 。

この場合、TSのエネルギー差という概念自体が適用できず、生成物の選択性はPESの形状と、慣性や遠心力といった分子の運動に基づく「非統計的な動的効果 (Non-statistical Dynamic Effects)」によって決定されます 。

本稿では、Hare, Li, Tantilloらによる2018年の研究 を題材に、ビニルスルホンのPummerer型転位反応におけるPTSBの発見と、その選択性が溶媒の誘電率によって変化するという現象について詳細に解説します。本研究は、動的効果が単なる学術的な興味にとどまらず、溶媒選択による反応制御という実利的な応用につながる可能性を示唆する重要な成果です 。


1. 理論的背景と数学的枠組み#

1.1 Ambimodal遷移状態とValley-Ridge Inflection#

通常、化学反応は「反応物 \rightarrow TS \rightarrow 生成物」あるいは「反応物 \rightarrow TS \rightarrow 中間体」と進行します。しかし、Ambimodal遷移状態を持つ系では、「反応物 \rightarrow TS \rightarrow (分岐) \rightarrow 生成物A / 生成物B」という経路をたどります 。 この分岐を引き起こす幾何学的特徴点がValley-Ridge Inflection (VRI) 点です。VRI点では、反応経路に垂直な方向の曲率(Hessian行列の固有値)が正(谷)から負(尾根)へと変化します。

1.2 直接動力学シミュレーション (Direct Dynamics Simulations)#

PTSBを含む反応の選択性を予測するためには、静的なエネルギー計算だけでは不十分であり、ニュートンの運動方程式に基づいた分子動力学 (MD) シミュレーションが必要です 。

F=ma=V(r)\mathbf{F} = m \mathbf{a} = -\nabla V(\mathbf{r})

本研究では、Singletonらが開発したプログラム Progdyn を用いて、GaussianによるDFT計算 (B3LYP/6-31G(d)) と連成させた直接動力学シミュレーションが行われています 。 具体的には、最適化されたAmbimodal TSを出発点とし、ボルツマン分布に従う振動エネルギーとランダムな運動量を与え、時間を正方向(forward)および負方向(backward)に伝播させます 。これはTSを通過する軌跡を時間的に追跡することを意味します。

シミュレーションにおける生成物の判定(停止基準)には、以下の原子間距離が用いられました 。

  • 反応物への回帰: S1–O1’ < 1.90 Å
  • [2,3]-生成物: O3’–C2 < 1.50 Å
  • [3,3]-生成物: O3’–C3 < 1.50 Å

2. 研究対象:ビニルスルホンのPummerer型転位反応#

2.1 反応機構の提案#

本研究が対象としたのは、ビニルスルホンのPummerer型転位反応です(Scheme 1, Scheme 2)。 チオエーテルの酸化によって生じたスルホキシドがアシル化され、生じたカチオン中間体が転位反応を起こします。ここで考えられる経路は以下の通りです [cite: 2085, 2086, 2087]。

  1. [3,3]-シグマトロピー転位: 直接、硫黄安定化カルボカチオン生成物([3,3]-Product)を与える経路。
  2. [2,3]-シグマトロピー転位: 異なるカルボカチオン生成物([2,3]-Product)を与える経路。

これら二つの生成物は、さらに[1,2]-シフトあるいは[2,3]-シフトによって相互変換可能であると考えられます 。論文では、主に親化合物である R=CH3R=CH_{3} の系について詳細な解析が行われました 。

2.2 計算手法#

  • 電子状態理論: B3LYP/6-31G(d) レベル 。
  • 溶媒効果: Polarizable Continuum Model (PCM) を用いた陰溶媒モデル。ガス相および誘電率の異なる種々の溶媒(トルエン、クロロホルム、ジクロロメタン、1-ブタノール、メタノール、DMF、DMSO、水)で計算されました 。
  • MDシミュレーション: Progdyn を使用し、1 fs のタイムステップで計算されました 。

3. 結果と考察:Ambimodal TSと動的選択性#

3.1 遷移状態の特定とPTSBの確認#

構造最適化の結果、驚くべきことに、[2,3]-転位と[3,3]-転位のそれぞれに対応する個別の遷移状態は見つかりませんでした。代わりに、両方の生成物へと至る共通の遷移状態 TS1 が特定されました 。 この TS1 は、トリフルオロアセチル基の酸素原子が、インドール環のC2およびC3の両方に対して近い距離にある構造をしており(Fig. 2 inset)、まさに Ambimodal TS の特徴を備えています 。

  • TS1の性質: ガス相および検討した全ての溶媒中で、TS1はAmbimodalでした 。
  • 相互変換TSとの関係: 生成物間を相互変換するTS(TS2-a)は、構造的にTS1と非常に類似しており(Fig. 3)、PES上で近接しています 。動的シミュレーションでは、TS2-aに近い領域を通過するものの、そこへ完全に収束することなく生成物へ至る軌跡(dynamical detour)が示唆されています 。

3.2 溶媒誘電率と生成物比の相関#

本研究の最も重要な発見は、この動的な分岐比が溶媒の誘電率(ε\varepsilon)に強く依存するという事実です(Fig. 4)。

  • ガス相 (ε1\varepsilon \approx 1): [2,3]-生成物が約39%、[3,3]-生成物が約61% 。
  • 水 (ε78\varepsilon \approx 78): [2,3]-生成物は約11%まで減少し、[3,3]-生成物が約89%と支配的になる 。

古典的なTSTでは、単一のTSからの生成物比は1:1あるいは熱力学的支配に従うと考えがちですが、ここでは溶媒を変えるだけで、同じ遷移状態からの動的な分岐比が変化しています 。ただし、この反応では生成物間の平衡化が速いため、実際の合成実験では動的選択性が失われる可能性がありますが、他の系ではこの制御が重要になる可能性があります 。

3.3 幾何学的パラメータとの相関#

誘電率の増加に伴い、TS1の幾何構造も変化します。特に、求核攻撃する酸素原子 (O3O3') と炭素原子 (C2,C3C2, C3) の距離 (O3C2O3'-C2, O3C3O3'-C3) は、誘電率が高くなるほど伸長しました(Fig. 4)。

  • 直感に反する結果: 通常、結合形成距離が長い(“Loose”な)TSでは選択性が低下すると予想されますが、本系では距離が伸びる(より極性の高い溶媒中)ほど、[3,3]-生成物への選択性が向上しました 。
  • 非対称性の増大: O3C2O3'-C2O3C3O3'-C3 の距離の差も誘電率と共に増大し、TS構造が生成物到達前の早い段階(Early TS)の性質を帯びてきていることが示唆されました 。

4. 選択性発現のメカニズム解明#

なぜ溶媒の極性が高まると [3,3]-生成物が優先されるのか?著者らは「Dynamic Matching」と「PESのトポロジー」の観点から解析を行いました。

4.1 Dynamic Matching仮説の検証#

Carpenterらが提唱した Dynamic Matching モデルは、遷移状態における虚振動モードのベクトルと、生成物方向への変位ベクトルの「重なり(内積)」が大きいほど、その生成物ができやすいという仮説です 。

著者らは Newton プログラムを用いてこれを解析しました(Fig. 5, Table 1)。

  • 結果: ガス相でも水中でも、[3,3]-生成物が優先されるという定性的な傾向(20:80および22:78)は予測できましたが、溶媒による比率の顕著な変化(ガス相での実測39:61から水中での11:89への変化)は予測できませんでした
  • 結論: 単純なベクトルの重なりだけでは、この溶媒効果を説明するには不十分である 。

4.2 PESのトポロジーと「動的迂回(Dynamical Detour)」#

次に、PESの全体的な形状(トポロジー)の違いに注目しました(Fig. 6)。

  1. 平坦性 (Flatness): 水中のPESは、ガス相に比べてTS周辺が非常に平坦であることがわかりました 。触媒や溶媒による障壁の低下は、しばしばPESの平坦化を伴います 。
  2. IRCと尾根の位置: ガス相ではIRCが生成物を分ける「尾根」に近接していますが、水中ではIRCが尾根から離れています 。

さらに、トラジェクトリの時間発展を解析した結果、興味深い「時間差」が見出されました(Fig. 8)。

  • 生成時間の差: [2,3]-生成物を形成するトラジェクトリは比較的短時間で完了するのに対し、[3,3]-生成物を形成するトラジェクトリは、より長い時間を要する傾向がありました 。
  • 動的迂回 (Dynamical Detour): 水中のようにPESが平坦な場合、分子はTS領域で長時間滞留(Linger)することができます 。これにより、分子は直ちに生成物へ落下せず、PES上を迂回するような軌跡を描く余裕が生まれます。
    • Dynamic Matchingが良い(運動量が合致している)[2,3]-生成物への経路は、ガス相のような急峻なPESでは「勢い」で乗り越えられます。
    • しかし、水中のように平坦で、かつ最急降下経路が尾根を迂回している場合、分子はTS近傍を彷徨う間に、障壁に阻まれるか、あるいは[3,3]-生成物の方へ向かう経路を見つけ出すことになります 。

また、本研究ではPCMを用いた陰溶媒モデルを採用していますが、実際の溶媒分子の再配向(数百フェムト秒スケール)は反応(100フェムト秒以下)よりも遅いため、明示的溶媒(Explicit Solvent)を用いた場合には結果が異なる可能性があることにも留意が必要です 。


5. 一般性とR基の置換効果#

このモデルの一般性を検証するため、R基の置換効果も検討されました(Table 2)。

  • R = H: 立体障害が小さいため、[3,3]-転位がほぼ独占的に進行(ガス相98%、水中100%)。
  • R = t-Butyl: 立体障害の増大により、ガス相では[2,3]-生成物の割合が増加(46%)。しかし水中ではやはり[3,3]-生成物が優先(89%)され、溶媒効果の傾向が維持されました 。
  • R = CF3: 電子求引基によりC3位の求電子性が高まり、[3,3]-生成物が優先(~98%)。

また、Procterらによって報告されたベンゾチオフェンの「中断されたPummerer転位」反応(Scheme 3)についても同様の解析を行い、実験的に観測された[2,3]-生成物以外に、計算上は[3,3]-生成物へ至る経路も多数存在することを確認しました 。


6. 結論と展望#

本研究は、ビニルスルホンのPummerer型転位反応において、以下の重要な知見をもたらしました。

  1. Ambimodal TSの実証: 本反応は単一の遷移状態から複数の生成物へ分岐するPTSB機構で進行する 。
  2. 溶媒による動的選択性の制御: 溶媒の誘電率を変えるだけで、生成物比を大幅に([2,3]生成物を40%から10%へ)変化させることができる 。
  3. メカニズムの提案: この溶媒効果は、単純な遷移状態の幾何構造変化やDynamic Matchingだけでは説明できず、溶媒によるPESの平坦化と、それに伴うTS領域での「滞留」および「動的迂回」によるものである 。

学術的・実利的な意義#

これまで「溶媒効果」といえば、遷移状態のエネルギー安定化(活性化エネルギーの変化)による反応速度の変化や、平衡の移動として議論されることが主でした。しかし本研究は、**「PESの形状変化を通じた動的な分岐比の制御」**という新しい溶媒効果の側面を提示しています 。 特に、「平坦なPESでは選択性が失われる」という直感に反し、「平坦化によって特定の生成物(ここでは[3,3]-生成物)への誘導が可能になる」という知見は驚くべきものであり、合成化学における反応設計に新たな指針を与えるものです 。


参考文献#

  1. Original Paper: S. R. Hare, D. A. Li and D. J. Tantillo, Chem. Sci., 2018, 9, 8937–8945.
  2. D. H. Ess, S. E. Wheeler, R. G. Iafe, L. Xu, N. Çelebi-Ölçüm, K. N. Houk, Angew. Chem., Int. Ed., 2008, 47, 7592.
  3. J. I. Seeman, Chem. Rev., 1983, 83, 83.
  4. H. V. Pham, K. N. Houk, J. Org. Chem., 2014, 79, 8968.
  5. D. A. Singleton, C. Hang, M. J. Szymanski, E. E. Greenwald, J. Am. Chem. Soc., 2003, 125, 1176.
  6. B. K. Carpenter, J. Am. Chem. Soc., 1995, 117, 6336.
  7. S. R. Hare, D. J. Tantillo, Pure Appl. Chem., 2017, 89, 679.
  8. Z. He, et al., Angew. Chem., Int. Ed., 2018, 57, 5759.
Pummerer型転位反応におけるPost-Transition State Bifurcationと溶媒依存的な動的選択性:詳細解説
https://ss0832.github.io/posts/20260103_compchem_bifurcation_pes_2/
Author
ss0832
Published at
2026-01-03

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