最終更新:2026-01-02
注意: この記事は生成AIによって自動生成されたものです。内容は以下の2つの原著論文に基づいています。
- F. W. Schuler and G. W. Murphy, “The Kinetics of the Rearrangement of Vinyl Allyl Ether”, J. Am. Chem. Soc. 1950, 72, 3155–3159.
- M. J. S. Dewar and C. Jie, “Mechanism of the Claisen Rearrangement of Allyl Vinyl Ethers”, J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 511–519. 正確な学術的情報は原著論文を参照してください。
序論:Claisen転位における物理化学的探究の系譜
Claisen転位は、アリルビニルエーテル構造を有する化合物が、[3,3]-シグマトロピー転位を経て-不飽和カルボニル化合物へと異性化する反応である。この反応は合成化学的に極めて重要であるだけでなく、その反応機構—特に結合の切断と形成が協奏的(concerted)か、あるいは段階的(stepwise)か—という観点から、物理有機化学における長年の議論の対象となってきた。
1912年のL. Claisenによる発見以降、多くの研究は主にアリールアリルエーテル(芳香族系)の溶液反応に焦点を当ててきた。しかし、反応の本質的なエネルギープロファイルを理解するためには、溶媒効果や芳香族性の回復といった複雑な要因を排除した単純系、すなわち「ビニルアリルエーテル」そのものの気相反応を解析する必要がある。
本稿では、Claisen転位の機構解明における2つのマイルストーンとなる研究を取り上げる。一つは、1950年にF. W. SchulerとG. W. Murphyによって行われた、ビニルアリルエーテルの気相熱転位に関する古典的な速度論的研究である [cite: 264-266]。もう一つは、それから約40年後、計算化学の手法(AM1法)を用いてM. J. S. DewarとC. Jieによって行われた、遷移状態の電子的性質に関する理論的研究である [cite: 484-486]。これら二つの視点を統合することで、巨視的な速度定数が微視的な分子挙動とどのように結びついているのかを詳細に解説する。
1. ビニルアリルエーテルの気相速度論(Schuler & Murphy, 1950)
1.1 研究の背景と目的
1950年当時、Claisen転位の速度論的研究は、主にジフェニルエーテル溶液中でのアリル-p-トリルエーテルの転位(KincaidとTarbellによる研究)などに限られていた [cite: 284-285]。しかし、溶液反応では溶媒和の影響が無視できず、またアリール系では転位後にケト-エノール互変異性(芳香族化)が続くため、純粋な転位ステップのみを分離して議論することが困難であった。
これに対し、HurdとPollackによって合成された最も単純な骨格を持つ「ビニルアリルエーテル()」は、気相においてアリルアセトアルデヒド()へときれいに転位し、副生成物を伴わないことが示されていた [cite: 275-283]。SchulerとMurphyは、この系こそがClaisen転位の素過程を解明する理想的なモデルであると考え、その反応次数、圧力依存性、および活性化パラメータ(エネルギーとエントロピー)の精密測定を行った。
1.2 実験的アプローチ:光電測光法による追跡
実験には、HurdとPollackの方法に従って合成・精製されたビニルアリルエーテル(沸点65℃/733mm)が使用された。反応の進行を追跡するために、Schulerらは紫外吸収スペクトルに着目した。反応物であるビニルアリルエーテルはシクロヘキサン溶液中で3130 Å(オングストローム)の光を完全に透過するのに対し、生成物であるアリルアセトアルデヒドはこの波長の光を強く吸収する。
反応装置には、石英製の反応セルを備えた恒温槽が用いられた。光源には水銀ランプ(H-4)を使用し、ニッケルおよびコバルト硫酸塩、フタル酸水素カリウムのフィルターを通して3130 Åの輝線を分離した。検出器には光電子増倍管(RCA IP-28)が採用され、反応セル内の透過光強度の変化を連続的に測定することで、生成物の分圧をリアルタイムで決定するシステムが構築された [cite: 295-299]。
温度制御は極めて厳密に行われ、電子制御式のレギュレーターによって実験中の変動は0.2℃以内に抑えられた。また、反応セルの表面効果(壁面触媒効果)を検証するため、ガラスウールを充填して表面積を増大させたセルでの実験も並行して行われた [cite: 369-370]。
1.3 結果と考察:一次反応性と均一性
154℃から200℃の温度範囲、および15cmから40cmHgの圧力範囲において、反応速度はビニルアリルエーテルの濃度に対してきれいな一次反応(first order)に従うことが確認された。反応の進行度は40%から70%の範囲で測定され、一部の実験では99%まで追跡されたが、最後まで一次式からの逸脱は見られなかった。
表面積を変えた実験(ガラスウール充填)においても反応速度定数に有意な差は見られず、この反応が壁面での接触反応ではなく、気相における均一反応(homogeneous reaction)であることが証明された。
1.4 活性化パラメータと環状遷移状態の示唆
得られた速度定数 の温度依存性をArrheniusプロット( vs )することで、以下の速度式が導出された。
ここから得られる活性化エネルギー()は 30.6 kcal/mol である。 さらに、絶対反応速度論(Eyringの式)に基づき、180℃における活性化エントロピー()が算出された。その値は -7.7 cal/deg·mol (e.u.) であった。
この「負の活性化エントロピー」は、反応機構を考察する上で決定的な意味を持つ。気相の単分子反応において、遷移状態でエントロピーが減少するということは、活性化錯体が基底状態よりも自由度の低い、拘束された構造をとっていることを示唆する。SchulerとMurphyは、基底状態における3つの内部回転自由度が、環状の遷移状態を形成することで振動自由度へと変換され、それに伴いエントロピーが減少したと解釈した [cite: 433-434]。 この値は、類似の反応であるCope転位や、溶液中でのアリル-p-トリルエーテルの転位( e.u.)の値ともよく一致しており、Claisen転位が6員環状の遷移状態を経由する協奏的な反応であることを強く支持する実験的証拠となった [cite: 435-445]。
2. 遷移状態の微視的構造解析(Dewar & Jie, 1989)
2.1 理論的背景:芳香族性か、ビラジカル性か
Schulerらの実験から約40年後、計算化学の発展に伴い、Claisen転位のより詳細なメカニズム議論が可能となった。1980年代後半、ペリ環状反応の遷移状態(TS)の性質を巡って、ある論争が存在した。 古典的なWoodward-Hoffmann則の観点からは、Claisen転位やCope転位のような[3,3]-シグマトロピー転位は「許容(allowed)」された反応であり、ベンゼンのような芳香族性(Aromaticity)を帯びた遷移状態(ARO)を経由する「同期的(synchronous)」な反応であると考えられていた。 しかし、DewarらのグループによるCope転位の研究は、この反応が実際には「非同期的(nonsynchronous)」であり、ビラジカル的な性質を持つ遷移状態(BR)を経由する可能性を示唆していた [cite: 492-493]。これは、結合の形成と切断が同時には進行せず、一方の結合変化が先行することを意味する。
DewarとJieは、この「二重機構(dual mechanism)」の可能性がClaisen転位にも当てはまるのか、すなわちClaisen転位は芳香族的なARO経路を通るのか、それともビラジカル的なBR経路を通るのかを解明するため、半経験的分子軌道法であるAM1法を用いて詳細な解析を行った [cite: 484-486]。
2.2 計算手法と対象
計算には、MNDO法の欠点を改良したAM1ハミルトニアンが使用された。MNDO法は原子間反発を過大に見積もる傾向があり、以前の研究では活性化エネルギーが高くなりすぎる問題があったが、AM1法ではこの点が改善されている [cite: 618-619]。 解析対象として、基本となるアリルビニルエーテル(1)に加え、シアノ基やメトキシ基、アルキル基などを導入した計23種類の誘導体について、反応物および遷移状態の構造完全最適化が行われた。また、閉殻系(RHF)の計算に加え、ビラジカル性を考慮したCI(Configuration Interaction)計算も行われ、遷移状態の性質が検証された。
2.3 計算結果:椅子の優先と「融合」したメカニズム
計算の結果、Cope転位と同様に、Claisen転位においても「椅子型(chair)」の遷移状態が「舟型(boat)」よりもエネルギー的に有利であることが再確認された。例えば、アリルビニルエーテル(1)の場合、舟型遷移状態の活性化エンタルピーは椅子型よりも約6 kcal/mol以上高いと予測された。
しかし、Cope転位とは異なる重要な発見があった。Cope転位(1,5-ヘキサジエンの転位)では、ARO型の遷移状態とBR型の遷移状態が明確に区別され、エネルギー差が存在した(通常はBRが有利)。これに対し、Claisen転位では、ARO型とBR型の遷移状態の構造的・エネルギー的な差異が極めて小さく、あるいは消失していることが判明した [cite: 709-710]。 Dewarらはこの理由を、Claisen転位の熱力学的性質に求めた。Cope転位は反応前後でエネルギー変化がほぼゼロ(熱的に中立)であるため、遷移状態は反応座標の中央付近に位置する。対して、Claisenエーテル転位は発熱反応( kcal/mol)である。Hammondの仮説に従えば、発熱反応の遷移状態は反応物に近い構造、すなわち「早い遷移状態(early transition state)」をとる。 反応の初期段階では、結合の切断や形成はまだ十分に進んでいないため、芳香族的な安定化(ARO)やビラジカル的な安定化(BR)といった構造的特徴が顕著に現れる前の段階で遷移状態を通過してしまう。その結果、Claisen転位の遷移状態は、AROとBRの極端な性質の中間的な、あるいは両者が「融合(merged)」したような構造をとると結論付けられた [cite: 716-719]。
2.4 置換基効果とAM1の予測精度
Dewarらは、実験データ(BurrowsとCarpenterによる溶液中のデータ、およびSchulerらの気相データ)との比較も行っている。 AM1法による活性化エンタルピーの計算値は、実験値と比較して系統的に約6.5 kcal/molほど高くなる傾向があったが、この系統誤差を補正すると、相対的な反応性の傾向は実験事実を非常によく再現した。
特に興味深いのは、2位(ビニル基の位)への置換基効果である。 例えば、2-メトキシアリルビニルエーテル(17)や、2-トリメチルシリルオキシ体(32)のように、2位に電子供与基(ドナー)が存在すると、反応速度が劇的に加速することが知られている(実験的にはが約9 kcal/mol低下)。 単純なビラジカル機構(C1-C6結合が先に形成され、C4-O結合が遅れて切れる)を仮定すると、2位の置換基はラジカル中心(C2)に位置するため、ラジカル安定化効果によって反応を加速すると説明されがちである。 しかし、Dewarらの解析は、これが単なるラジカル安定化ではなく、分子軌道相互作用による遷移状態の安定化であることを示した。メトキシ基の酸素p軌道と、アリルビニルエーテル骨格の軌道との相互作用により、遷移状態における電子非局在化が促進されるが、これは必ずしも遷移状態の極性(双性イオン性)を増大させるわけではない [cite: 800-801]。実際、計算された遷移状態の電荷分布や双極子モーメントは、無置換体と大きな差はなく、溶媒効果の影響を受けにくいという実験事実とも整合した。
一方で、実験値との不一致が見られるケースもあった。例えば、4, 5, 6位へのメトキシ基導入(18-20)に関しては、計算はすべて反応加速を予測したが、実験では一部で減速が観察されている。Dewarらは、これを気相(計算)と溶液(実験)の差、あるいは特定の置換基配置における溶媒和による双性イオン構造の安定化の寄与の違いとして考察している [cite: 813-828]。
3. 総合的考察:1950年から1989年への架け橋
SchulerとMurphyの1950年の研究は、Claisen転位が「一次反応」であり、「負の活性化エントロピー」を持つことを実験的に確定させた点で記念碑的である。彼らが導出した e.u. という値は、遷移状態で分子が高度に組織化された環状構造をとることを示唆し、これは「協奏的反応」の強力な証拠とされた。
約40年後のDewarとJieの研究は、この「環状構造」の中身にメスを入れた。彼らのAM1計算は、この環状遷移状態が、Cope転位に見られるような明確な「ビラジカル」や「芳香族」といった極端な電子状態には分類しきれないことを明らかにした。 Schulerらが測定した30.6 kcal/molという活性化エネルギーの壁を越える際、分子は椅子型のコンフォメーションをとりつつ、結合形成と切断が微妙にずれた、しかし完全には分離していない「融合した経路」を辿る。反応が発熱的であるために遷移状態が「早い」という事実は、Schulerらが観測したきれいな一次反応性や、副反応のなさ(遷移状態が不安定な中間体として長く留まらないため)とも矛盾しない。
また、Schulerらは実験の中でガラスウールによる表面効果の不在を確認し、反応が均一系であることを強調したが、Dewarらの計算もまた、遷移状態が極端に分極していない(大きな双極子モーメントを持たない)ことを示しており、壁面や溶媒による静電的な触媒作用を受けにくいという性質を理論的に裏付けていると言える。
結論
ビニルアリルエーテルのClaisen転位に関するSchulerとMurphy(1950)、およびDewarとJie(1989)の研究は、化学反応の理解がいかにして「現象論的な速度論」から「量子化学的な機構論」へと深化したかを示す好例である。
- 速度論的確立: Schulerらの精密な気相実験により、本反応は kcal/mol、 e.u.を持つ均一な一次反応であることが確立され、環状遷移状態を経由することが示唆された。
- 理論的解明: DewarらのAM1計算により、その遷移状態はエネルギー的に有利な「椅子型」であり、反応の発熱性に起因する「早い遷移状態」であることが示された。これにより、芳香族的な安定化とビラジカル的な性質が融合したユニークな機構が提唱された。
- 置換基効果の起源: 電子供与基による加速効果は、単純な中間体安定化ではなく、遷移状態における軌道相互作用の結果として説明され、理論と実験の整合性が確認された。
これらの知見は、Claisen転位が単なる合成ツールとしてだけでなく、軌道対称性や遷移状態理論を検証するための重要な物理化学的モデルであることを示している。
参考文献
- F. W. Schuler and G. W. Murphy, “The Kinetics of the Rearrangement of Vinyl Allyl Ether”, J. Am. Chem. Soc. 1950, 72, 3155–3159.
- M. J. S. Dewar and C. Jie, “Mechanism of the Claisen Rearrangement of Allyl Vinyl Ethers”, J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 511–519.
