最終更新:2026-01-02
注意: この記事は生成AIによって自動生成されたものです。内容は L. Claisen, “Über Umlagerung von Phenol-allyl-äthern in C-Allyl-phenole”, Ber. dtsch. chem. Ges. 1912, 45, 3157–3166 に基づいています。正確な学術的情報は原著論文を参照してください。
序論:O-アリル誘導体の特異な反応性とその背景
有機化学の歴史において、分子構造の再配列を伴う転位反応は、反応機構の理解と合成手法の拡大において中心的な役割を果たしてきた。本稿で取り上げるL. Claisenの1912年の論文は、後に彼の名を冠して「クライゼン転位(Claisen Rearrangement)」と呼ばれることになる、フェノールアリルエーテルからC-アリルフェノールへの熱的異性化反応を初めて包括的に報告したものである [cite: 1, 2]。
Claisenは、アセト酢酸エステルやアセチルアセトンといった-ジカルボニル化合物のO-アルキル誘導体に関する研究を再開した際、置換基の種類によってその安定性と反応性に決定的な差異が存在することを見出した [cite: 4]。メチル基、エチル基、プロピル基といった通常の飽和アルキル基を持つO-誘導体は、熱に対して比較的安定であり、異性体であるC-アルキル誘導体への転位傾向をほとんど示さない [cite: 5]。これに対し、アリル基(Allyl group, )を持つO-アリル誘導体においては、この転位の傾向が極めて顕著に現れることが明らかとなった [cite: 5]。
具体的な事例として、O-アリルアセト酢酸エステル()は、少量の塩化アンモニウムと共に蒸留するだけで、ほぼ定量的にC-アリルアセト酢酸エステル()へと変換される [cite: 6, 7]。同様に、O-アリルアセチルアセトン()も、同一条件下で円滑にC-アリルアセチルアセトン()へと転位する [cite: 7]。
さらに、オキシメチレン化合物における挙動は、この現象の普遍性を強く示唆するものであった。オキシメチレンカンファーの場合、O-メチルエーテルが常圧下で分解することなく蒸留可能であるのに対し [cite: 8-10]、O-アリルエーテルは沸点温度に近づくと自然発熱(spontaneous boiling)を伴って激しく反応し、ほぼ全量がC-アリル誘導体(C-アリルホルミルカンファー)へと転位する現象が観測された [cite: 10, 11]。生成したC-アリル体は、アルコール性カリウム(KOH)との加熱により容易にギ酸とC-アリルカンファーへ分解されることから、真のホルミル化合物であることが確認されている [cite: 12]。
これらの観察に基づき、Claisenは、オキシメチレン化合物と構造的類似性を持つフェノール類においても、そのアリルエーテルが同様の転位反応を起こす可能性が高いと推測した [cite: 13]。本研究は、この仮説を検証すべく、-ナフトール、グアヤコール、およびサリチル酸エステルという異なる電子的・立体的環境を持つフェノール類を用いて、そのアリルエーテルの合成と熱的挙動を詳細に検討したものである。
1. 予備的考察と先行研究の批判的再評価
本格的な実験に着手する前に、ClaisenはScichiloneによる1882年の先行研究を批判的に検討している [cite: 14, 16]。Scichiloneは、サリチル酸メチルエステルをアルカリ存在下でヨウ化アリルと反応させ、蒸留精製と加水分解を経て得られた酸(融点113℃)を「アリルエーテルサリチル酸(O-アリルサリチル酸, )」として報告していた [cite: 19]。
しかし、Claisenはこの構造割り当てに重大な疑義を呈した。Scichiloneの報告によれば、この酸は塩化鉄(III)()水溶液を加えると強烈な紫色を呈するとされている [cite: 19]。一般に、サリチル酸のフェノール性ヒドロキシ基がアルキル化されたO-アルキルサリチル酸類は、遊離のフェノール性水酸基を持たないため、による呈色反応を示さない。数多ある既知のアルキルエーテルサリチル酸の中で、このような呈色を示す例外は存在しない [cite: 19]。
この矛盾から、Claisenは次のような論理的推論を行った。Scichiloneが合成した初期生成物(O-アリルサリチル酸メチル)は、蒸留操作という熱的プロセスを経る過程で、アリル基がベンゼン環上の炭素原子へと移動する転位反応(C-アリル化)を起こしたのではないか [cite: 20]。 すなわち、以下の反応式で示されるような転位が進行したと考えられる。
その結果、Scichiloneが手にしたのは、加水分解によって生じた「C-アリルサリチル酸」を含む混合物であり、フェノール性水酸基が再生していたために反応が陽性となったのである [cite: 21, 22]。この仮説が正しければ、フェノールアリルエーテルの熱転位は、特定の化合物に限らない一般的な反応性である可能性がある。
この「Scichiloneのパラドックス」を解明し、転位現象の実在を証明するために、Claisenは-ナフトール、グアヤコール、サリチル酸エチルエステルの3種のアリルエーテルを用いた厳密な検証実験を設計した [cite: 23]。その結果、これら全ての系において、極めて高い精度(great precision)で転位反応が進行することが実証された [cite: 24]。
2. 実験的検証:反応条件、収率、および生成物の同定
本セクションでは、Claisenとその助手O. Eislebによって行われた詳細な実験結果について記述する [cite: 25, 26]。
2.1 -ナフトールアリルエーテルの転位
2.1.1 O-アリル体の合成と性質
出発物質である-ナフトールアリルエーテル()は、-ナフトールカリウムのアセトン溶液に臭化アリルを作用させることで合成された [cite: 28, 29]。未蒸留の純粋なエーテルは無色の油状物質であり、微弱な甘い香りを有する。化学的性質として、水酸化ナトリウム水溶液には全く溶解せず、アルコール溶液中でを加えても呈色しない [cite: 29]。これは、フェノール性水酸基がアリル基によって完全に封鎖されていることを示している。
2.1.2 熱転位の挙動と最適化
このエーテルを減圧下(12 mm Hg)で蒸留しようと試みたところ、沸点が一定せず、165℃から180℃へと徐々に上昇するという不安定な挙動が観測された [cite: 30]。これは、蒸留温度において既に異性化が進行していることを示唆している。実際に蒸留後の留出物を検査すると、約半分がアルカリに可溶な成分(フェノール性化合物)に変化しており、残り半分は未変化の不溶性エーテルであった [cite: 31]。また、留出物のアルコール溶液はにより緑色を呈し、遊離水酸基の存在が確認された [cite: 33]。
完全な転位を達成するための最適条件として、39 gのナフトールアリルエーテルを油浴中で**210℃**まで加熱し、一定時間保持する方法が確立された [cite: 35]。この加熱処理後、減圧蒸留を行い、留出物を濃度の高い水酸化カリウム溶液で処理すると、大部分が溶解した [cite: 36, 37]。未反応のエーテルをエーテル抽出で除去した後、アルカリ溶液を酸性化して析出した油状物質を回収・乾燥し、再度減圧蒸留(12 mm)を行った [cite: 38]。
2.1.3 生成物の収率と物性
精製された転位生成物は、177–178℃という非常にシャープな沸点で留出し、収量は32 gに達した [cite: 38, 39]。不可避な蒸留ロスを考慮すれば、この変換は「ほぼ定量的(almost quantitative)」であると評価される [cite: 39]。 留出した淡黄色の油状物質は、放置すると完全に結晶化した。温ベンジンからの再結晶操作により、融点**55℃**の美しい無色プリズム晶が得られた [cite: 40, 41]。 元素分析の結果は以下の通りであり、異性体としての組成と完全に一致した [cite: 44, 45]。
- 計算値 (): C 84.74, H 6.57
- 実測値: C 84.60, H 6.43
2.1.4 構造決定:1-アリル-2-ナフトール
生成物の構造決定においては、-ナフトールの置換反応則が参照された。通常、-ナフトールへの求電子置換はヒドロキシ基に隣接する位(1位)で起こることから、アリル基の転位先も1位である可能性が高い [cite: 50]。 この推論を裏付ける決定的な証拠として、得られたアリル-2-ナフトールがジアゾニウム塩(p-ニトロベンゼンジアゾニウムクロリド)とカップリング反応を示さないという事実が挙げられる [cite: 51]。1位が置換された-ナフトール誘導体はアゾカップリングを行わないため、転位位置が1位であることはほぼ確実である。
さらに、得られた1-アリル-2-ナフトールをカリウム塩とし、再度臭化アリルと反応させて「1-アリル-2-ナフトールアリルエーテル」を合成し、再度の転位(アリル基の二重導入)を試みる実験が行われた [cite: 57]。このエーテル(沸点178℃/13 mm)を長時間加熱しても、沸点の変化は観測されず、アルカリ可溶成分も生じず、ケトン試薬(フェニルヒドラジン)とも反応しなかった [cite: 76, 77]。これにより、一度導入されたアリル基がさらに別の位置へ移動したり、芳香族性が失われてケト型(C-ジアリル体)へ移行したりすることはないことが確認された [cite: 63-65]。この事実は、Claisen転位が特定の構造条件下でのみ進行する特異な反応であることを示している。
2.2 グアヤコールアリルエーテルの転位
2.2.1 合成と反応の進行
次に、ベンゼン環上の置換基の影響を見るため、グアヤコール(o-メトキシフェノール)のアリルエーテル()を用いた実験が行われた [cite: 79]。このエーテルは、グアヤコールカリウムと臭化アリルから合成され、14 mmで116℃の沸点を持つ無色の液体である(比重 1.058 at 15℃) [cite: 80-83]。 このエーテル58 gを油浴で徐々に加熱すると、**230℃**付近で突然の激しい沸騰(vigorous boiling)が始まり、熱源を取り除いた後も数分間反応が継続するという、発熱的な挙動が観察された [cite: 85]。さらに1時間230℃に保った後、常圧蒸留を行うと、大部分が245–255℃の範囲で留出した [cite: 86]。留出物は強いクローブ様の香気を持ち、水酸化ナトリウム水溶液に完全に溶解したことから、フェノール性化合物への完全な転位が確認された [cite: 87]。
2.2.2 収率と生成物の同定
アルカリ抽出および酸析出を経て、減圧蒸留(12 mm)により精製された生成物は、122℃の沸点を示し、収量は48 gであった [cite: 88, 89]。この転位に伴い、比重(15℃)は1.058から1.071へと顕著に増大した [cite: 89]。元素分析値は の計算値とよく一致した [cite: 92-94]。
転位生成物の構造としては、アリル基がヒドロキシ基に対してオルト位またはパラ位に導入された構造が考えられる [cite: 95]。グアヤコールのパラ位(4位)にアリル基が入れば天然物のオイゲノール(Eugenol)となり、オルト位(6位)に入ればその異性体(-Eugenol, C-アリルグアヤコール)となる。 生成物の物理的性質(沸点122℃/12mm、比重1.071)はオイゲノール(沸点124℃/12mm、比重1.072)と極めて類似しているが、微細な差異が認められた [cite: 110]。決定的な証拠を得るため、結晶性誘導体による比較が行われた。
フェニルウレタン誘導体:
- オイゲノール由来:融点 95.5℃(Snapeによる文献値)[cite: 106]。
- 転位生成物由来:フェニルイソシアネートと共に封管中で100℃、10時間加熱して得られた結晶は、ベンジン-ベンゼン混合溶媒からの再結晶後、融点 101℃ を示した [cite: 109, 111]。
p-ニトロ安息香酸エステル:
- オイゲノール由来:メタノールおよび酢酸からの再結晶後、融点 81℃(淡黄色長針状晶)を示した [cite: 115]。
- 転位生成物由来:ベンジンおよび希酢酸からの再結晶後、短い扁平プリズム晶が得られ、その融点は 97℃ であった [cite: 116]。
両者のp-ニトロ安息香酸エステルの混合融点は66-87℃と大幅な融点降下を示した [cite: 119]。これにより、これら二つの化合物は明らかに別個の異性体であると断定された。したがって、グアヤコールアリルエーテルの転位生成物はオイゲノールではなく、そのオルト異性体である「C-アリルグアヤコール(o-オイゲノール)」であると結論付けられた [cite: 104]。これは、アリル基が酸素原子から最も近接したオルト位の炭素原子へ移動するという位置選択性を強く支持する結果である。
3. アリル基の構造保全性とプロペニル化:サリチル酸エステルを用いた証明
Claisenの研究における最も重要な理論的貢献の一つは、転位反応においてアリル基()がそのままの構造で炭素原子上に移動するのか、あるいは異性化してプロペニル基()となるのかを明確に区別した点にある [cite: 122]。芳香族アリル化合物(オイゲノールやサフロールなど)は、アルカリ処理により容易にプロペニル化合物(イソオイゲノール、イソサフロール)へ異性化することが知られているため、転位生成物がどちらの構造を持つかの証明は不可欠であった [cite: 126, 127]。
Claisenは、サリチル酸エチルエステルを用いて、以下の5段階の化合物を単離・比較することで、転位の第一段階では「純粋なアリル基」が導入され、その後の過酷な条件下でのみプロペニル基へ異性化することをエレガントに証明した [cite: 153-168]。
3.1 5つの鍵化合物とその性質
O-アリルサリチル酸エチルエステル (I): サリチル酸エチルカリウムと臭化アリルから合成。無色の油状物質。蒸留前および注意深い減圧蒸留(13 mm, 153℃)後において、による呈色を示さない [cite: 170-175]。これはアリル基が酸素上にあり、転位が起きていないことを示す。
O-アリルサリチル酸 (II): 化合物(I)(未蒸留)を強アルコール性カリウムで短時間煮沸して加水分解することで得られる。融点 65℃ の小板状結晶。この酸自体はで呈色しないが、試験管内で加熱して転位させると紫色を呈するようになる [cite: 176-183]。
C-アリルサリチル酸エチルエステル (III): 化合物(I)を油浴で**230℃**に1時間加熱することで得られる。常圧沸点270-278℃、減圧沸点142℃(12 mm)。化合物(I)とは対照的に、水酸化ナトリウム水溶液に可溶であり、アルコール溶液中でにより深く青紫に呈色する [cite: 184-187]。これはフェノール性水酸基の再生を示唆する。
C-アリルサリチル酸 (IV): 化合物(III)を慎重に加水分解して得られる。融点 96℃ の無色針状晶。非常に希薄な溶液でもにより紫色を呈する [cite: 188-191]。中和滴定による分子量は178.9(計算値178.08)であり、高純度であることが確認された [cite: 192]。
プロペニルサリチル酸 (V): 化合物(IV) 2 gを固体の水酸化カリウム 5 gおよび水 2 gと共に**170℃**で1時間溶融加熱することで得られる。反応後、結晶性塩が析出する。得られた酸は融点 158℃ の長針状晶であり、水溶液により純粋なインディゴブルー(indigoblau)を呈する [cite: 193-200]。
3.2 Scichiloneの誤認の完全な解明
以上の系統的な実験結果から、Scichiloneが報告した「融点113℃のO-アリルサリチル酸」の正体が解明された。Scichiloneの得た物質は、実際にはC-アリルサリチル酸(融点96℃)とプロペニルサリチル酸(融点158℃)の混合物であったと考えられる [cite: 135, 151]。 Scichiloneはエステルを常圧蒸留することで意図せずC-アリル化(転位)を引き起こし(段階IIIへの移行)、さらに長時間の水酸化カリウム水溶液による加水分解を行うことで、C-アリル基の一部をプロペニル基へと異性化させてしまったのである [cite: 140, 146]。Claisenの実験により、転位反応の初期生成物はあくまで「アリル基」を持つフェノール誘導体であり、プロペニル化は二次的な反応であることが確定した。
4. 考察と結論
L. Claisenによる本研究は、フェノールアリルエーテルが加熱によりC-アリルフェノールへと異性化する現象、すなわち「Claisen転位」を確立した有機化学史上のマイルストーンである。本論文における発見は以下の4点に集約される。
- 反応の普遍性と高効率性: -ナフトール、グアヤコール、サリチル酸エステルのいずれにおいても、200℃以上の加熱によりスムーズかつ高収率で転位が進行することが実証された。特に、副反応の少なさと収率の高さ(ほぼ定量的)は、この反応の合成的価値を極めて高くしている [cite: 24, 39]。
- 位置選択性(Regioselectivity): 転位によりアリル基は酸素原子からオルト位の炭素原子へと移動し、フェノール性水酸基が再生する。グアヤコールの例では、パラ位(オイゲノール)ではなくオルト位への転位が優先することが示された [cite: 95, 104]。
- アリル基の構造保存: 転位の一次生成物は「アリル基()」を保持しており、より過激なアルカリ処理を行わない限り、熱力学的により安定な「プロペニル基()」への異性化は起こらない。これは反応機構を考える上で重要な制約条件となる [cite: 122, 129]。
- 化学構造解析の厳密化: 融点測定、呈色反応、誘導体化を組み合わせることで、Scichiloneの過去の誤りを訂正し、異性体混合物の正体を暴いた論理展開は、当時の構造決定手法の到達点を示している [cite: 134, 151]。
この発見は、単に新しい化合物の合成法を提供しただけでなく、ペリ環状反応という概念が確立される遥か以前に、分子内協奏反応の典型例を詳細に記述した点において、化学反応論的にも極めて深い意義を持つものである。Claisen自身が論文の最後で述べているように、ニトロフェノールやアルデヒドフェノールといった他の置換フェノール類への適用可能性も示唆されており [cite: 204]、その後の有機合成化学の発展に与えた影響は計り知れない。
参考文献
- L. Claisen, “Über Umlagerung von Phenol-allyl-äthern in C-Allyl-phenole”, Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, 45, 3157–3166 (1912).
- G. Scichilone, Gazzetta Chimica Italiana, 12, 449 (1882).
- A. Haller, Comptes Rendus, 136, 788.
- H. L. Snape, Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, 18, 2482 (1885).
- P. Marfori, Jahresbericht über die Fortschritte der Chemie, 1196 (1890).
