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【計算化学】AM1法(Austin Model 1)の数理的背景と実装論:MNDOの欠陥克服とコア反発関数の再構築

最終更新:2025-12-31

注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文(Dewar et al., J. Am. Chem. Soc. 107, 3902 (1985))をご確認ください。

序論:半経験的手法におけるAM1の革新性#

1980年代中盤、計算化学は大きな転換点を迎えていた。Ab initio(非経験的)手法は理論的に厳密であるものの、当時の計算機資源では小規模な分子への適用が限界であり、有機化学者が興味を持つような反応系や生理活性物質を扱うことは困難であった。一方で、実験パラメータを用いて積分評価を簡略化する半経験的分子軌道法(Semi-empirical MO method)は、現実的な計算時間で化学的知見を得るための実用的なツールとして発展していた。

Michael J. S. Dewarらによって1985年に発表された AM1 (Austin Model 1) は、それまで標準的に用いられていたMNDO (Modified Neglect of Diatomic Overlap) 法の欠点を修正し、より広範な化学現象、特に水素結合や活性化障壁の記述能力を飛躍的に向上させた手法である。その名称は、開発が行われたテキサス大学オースティン校(Austin)に由来する。

本稿では、AM1法の理論的基盤であるNDDO近似から、AM1最大の特徴である「コア反発関数(Core Repulsion Function, CRF)」の数理的導出、そしてその実装アルゴリズムに至るまでを、学術的な視点から詳細に解説する。


1. 歴史的背景:MNDOの成功と限界#

1.1 MNDO法の功績#

1977年に発表されたMNDO法は、NDDO(Neglect of Diatomic Differential Overlap)近似に基づく画期的な手法であった。CNDOやINDOといった先行手法が原子間の微分重なりを無視することで立体的な方向性を失っていたのに対し、NDDOは原子内の多重極子(双極子など)の相互作用を保持するため、孤立電子対の反発などを定性的に正しく記述できた。

1.2 “The Hydrogen Bond Failure”#

しかし、MNDOには致命的な欠陥があった。それは水素結合を全く再現できないという点である。MNDOで水二量体やペプチドの計算を行うと、水素結合距離において引力が働かず、あるいは極めて弱い相互作用しか示さず、実験事実と矛盾する結果を与えた。 この原因は、MNDOのコア反発関数(原子核間の反発ポテンシャル)が、核間距離に対して単調すぎて、ファンデルワールス半径の内側に入り込むような水素結合の微妙な距離バランスを記述できないことにあった。また、活性化エネルギーが高めに算出される傾向もあり、有機反応機構の解明において改善が求められていた。

AM1は、この「コア反発項の柔軟性不足」を解消するために、数学的な補正項(ガウス型関数)を導入するという、ある種泥臭くも実用的なアプローチで開発された。


2. 数理的背景:NDDO近似と基本方程式#

AM1法の実装には、まずその母体となるNDDO近似の理解が不可欠である。ここではRoothaan-Hall方程式から出発し、AM1で用いられる行列要素の具体的な形を導出する。

2.1 NDDO近似の定義#

閉殻系のRoothaan-Hall方程式:

FC=SCϵ\mathbf{FC} = \mathbf{SC\epsilon}

において、NDDO近似では以下の仮定を置く。

  1. 重なり行列の単位化: 基底関数は直交化されていると仮定し、S=I\mathbf{S} = \mathbf{I} とする。
  2. 微分重なりの無視: 異なる原子 A,BA, B に属する原子軌道 μA,λB\mu \in A, \lambda \in B について、微分重なり dτd\tau をゼロとする。 ϕμ(1)ϕλ(1)dτ1=0(if AB)\phi_\mu(1) \phi_\lambda(1) d\tau_1 = 0 \quad (\text{if } A \neq B)

この結果、二電子積分 (μνλσ)(\mu\nu|\lambda\sigma) は、μ,ν\mu, \nu が同一原子上、かつ λ,σ\lambda, \sigma が同一原子上にある場合のみ非ゼロとなる。

(μνλσ)=δAμAνδBλBσ(μνλσ)(\mu\nu|\lambda\sigma) = \delta_{A_\mu A_\nu} \delta_{B_\lambda B_\sigma} (\mu\nu|\lambda\sigma)

2.2 Fock行列要素の構成#

Fock行列 FμνF_{\mu\nu} は以下のように構成される。

(1) 対角ブロック(同一原子内 μ,νA\mu, \nu \in A#

Fμν=Hμν+λ,σAPλσ[(μνλσ)12(μλνσ)]+BAλ,σBPλσ(μνλσ)F_{\mu\nu} = H_{\mu\nu} + \sum_{\lambda, \sigma \in A} P_{\lambda\sigma} \left[ (\mu\nu|\lambda\sigma) - \frac{1}{2}(\mu\lambda|\nu\sigma) \right] + \sum_{B \neq A} \sum_{\lambda, \sigma \in B} P_{\lambda\sigma} (\mu\nu|\lambda\sigma)
  • HμνH_{\mu\nu} (Core Hamiltonian): Hμν=UμνBAZB(μνsBsB)H_{\mu\nu} = U_{\mu\nu} - \sum_{B \neq A} Z_B (\mu\nu|s_B s_B) ここで UμνU_{\mu\nu} は一中心一電子エネルギー(原子価状態イオン化エネルギーからパラメータ化)。第2項は他核 BB からの引力ポテンシャルであり、AM1では核 BB をs軌道の電子雲とみなした二電子積分 (μνsBsB)(\mu\nu|s_B s_B) に核電荷 ZBZ_B を乗じて近似する。

(2) 非対角ブロック(原子間 μA,λB\mu \in A, \lambda \in B#

Fμλ=βμλ12ρAσBPρσ(μρλσ)F_{\mu\lambda} = \beta_{\mu\lambda} - \frac{1}{2} \sum_{\rho \in A} \sum_{\sigma \in B} P_{\rho\sigma} (\mu\rho|\lambda\sigma)
  • βμλ\beta_{\mu\lambda} (共鳴積分): 電子が原子間を移動するエネルギー。AM1では重なり積分 SμλS_{\mu\lambda} に比例すると仮定する。 βμλ=12(βA+βB)Sμλ\beta_{\mu\lambda} = \frac{1}{2} (\beta_A + \beta_B) S_{\mu\lambda} βA\beta_A は原子固有の経験的パラメータである。

3. AM1の核心:コア反発関数 (Core Repulsion Function) の詳細#

AM1とMNDOの決定的な違いは、全エネルギー計算時の「コア間反発エネルギー EcoreE_{core}」の定義にある。ここがAM1の実装における最重要ポイントである。

3.1 基本的なコア反発項#

原子 AABB の間の核間反発エネルギー EABcoreE_{AB}^{core} は、基本的にはクーロンの法則に従うが、近距離では価電子による遮蔽効果を考慮する必要がある。MNDO/AM1では、これを二電子積分を用いて記述する。

EABcore,0=ZAZBγAB(sAsAsBsB)E_{AB}^{core, 0} = Z_A Z_B \gamma_{AB} (s_A s_A | s_B s_B)

または、より具体的には核間距離 RABR_{AB} の関数として:

EABcore,0=ZAZB(1RAB2+(ρA+ρB)2)1/2E_{AB}^{core, 0} = Z_A Z_B \left( \frac{1}{R_{AB}^2 + (\rho_A + \rho_B)^2} \right)^{1/2}

のような形式(近似的)をとる。AM1では、核間相互作用 γAB\gamma_{AB} として具体的な多重極展開積分または近似式を用いる。

3.2 ガウス型関数の導入#

Dewarは、水素結合のような微妙な距離(2.0 - 3.0 Å)での引力を再現するために、上記の基本項に ガウス型関数による補正項 を加えた。これがAM1の数理的特徴である。

EABcore(RAB)=EABcore,0(RAB)(1+F(A)+F(B))E_{AB}^{core} (R_{AB}) = E_{AB}^{core, 0} (R_{AB}) \cdot \left( 1 + F(A) + F(B) \right)

あるいは、論文の定義によっては加法的に記述されるが、一般的には以下の形式で実装される。

EABcore=ZAZBγAB+ZAZBRAB(iaA,iebA,i(RABcA,i)2+jaB,jebB,j(RABcB,j)2)E_{AB}^{core} = Z_A Z_B \gamma_{AB} + \frac{Z_A Z_B}{R_{AB}} \left( \sum_{i} a_{A,i} e^{-b_{A,i}(R_{AB} - c_{A,i})^2} + \sum_{j} a_{B,j} e^{-b_{B,j}(R_{AB} - c_{B,j})^2} \right)

ここで、a,b,ca, b, c (または K,L,MK, L, M と表記される)は、各元素ごとに最適化されたAM1特有のガウスパラメータである。

  • aia_i (Amplitude): ガウス関数の強さ。引力的(負)または反発的(正)。
  • bib_i (Width): ガウス関数の幅。
  • cic_i (Position): ガウス関数の中心位置。

この項により、ポテンシャル曲面に人為的な「凹凸」を作り出し、本来反発しすぎる領域に引力の谷(水素結合の極小点)を作ったり、遷移状態の障壁を調整したりすることが可能となった。炭素原子には4つのガウス関数、水素原子には3つなど、元素ごとに数とパラメータが異なる。


4. プログラム実装のためのアルゴリズム詳細#

AM1法を実装するための擬似コードと数式処理の流れを以下に示す。これは scipynumpy を用いて実装可能なレベルの詳細度である。

4.1 パラメータのデータ構造#

各元素(H, C, N, O…)について、以下のパラメータを保持する必要がある。

class AM1Params:
    def __init__(self):
        # 一中心エネルギー U_ss, U_pp
        # 共鳴パラメータ beta
        # Slater軌道指数 zeta_s, zeta_p
        # コア反発ガウスパラメータ (a_k, b_k, c_k) のリスト
        pass

4.2 積分計算#

モジュールAM1の積分は、Slater型軌道(STO)を用いて解析的に計算するか、STO-NG等で近似するが、二中心積分は多重極展開近似を用いることが多い。二中心二電子積分 (μνλσ)(\mu\nu|\lambda\sigma) の計算Dewarらの定式化では、回転座標系を用いて局所的な座標軸(z軸が原子間を結ぶ軸)での積分を計算し、それを回転させる。局所座標での多重極相互作用:点電荷近似の改良版を用いる。

(μνλσ)local1RAB2+(δμν+δλσ)2(\mu\nu|\lambda\sigma)_{local} \approx \frac{1}{\sqrt{R_{AB}^2 + (\delta_{\mu\nu} + \delta_{\lambda\sigma})^2}}

ここで δ\delta は軌道の種類(双極子、四重極子)に応じた距離補正パラメータ。

回転変換:局所積分をグローバル座標へ変換する。

ただしNDDOでは簡略化が可能。

4.3 コア反発エネルギー計算の実装(核心部)#

AM1独自のガウス補正を含むエネルギー計算関数。

import numpy as np

def calculate_am1_core_repulsion(atom_A, atom_B, R_AB):
    """
    AM1法における原子A-B間のコア反発エネルギーを計算する
    
    Parameters:
    atom_A, atom_B: 原子オブジェクト(パラメータ含む)
    R_AB: 核間距離 (Angstrom)
    """
    # 1. 基本的なMNDO型反発項 (Z_A * Z_B * gamma_ss)
    # gamma_ss はs軌道間二電子積分 (s_A s_A | s_B s_B)
    gamma_ss = calculate_gamma_ss(atom_A, atom_B, R_AB)
    E_core_base = atom_A.core_charge * atom_B.core_charge * gamma_ss
    
    # 2. ガウス型補正項の計算
    # V_corr = (Z_A * Z_B / R) * (Sum_k a_k * exp(-b_k * (R - c_k)^2))
    
    scaling_factor = (atom_A.core_charge * atom_B.core_charge) / R_AB
    
    correction = 0.0
    
    # 原子A由来のガウス関数
    for (a, b, c) in atom_A.am1_gaussians:
        correction += a * np.exp(-b * (R_AB - c)**2)
        
    # 原子B由来のガウス関数
    for (a, b, c) in atom_B.am1_gaussians:
        correction += a * np.exp(-b * (R_AB - c)**2)
        
    E_core_total = E_core_base + scaling_factor * correction
    
    return E_core_total

4.4 SCFイテレーションの実装#

全エネルギー EtotalE_{total} は電子エネルギーとコア反発エネルギーの和である。

Etotal=12Tr[P(H+F)]+A<BEABcoreE_{total} = \frac{1}{2} \text{Tr}[\mathbf{P}(\mathbf{H} + \mathbf{F})] + \sum_{A<B} E_{AB}^{core}
def scf_cycle(mol, max_iter=100, tolerance=1e-6):
    # 1. 初期密度行列 P の生成 (Huckel近似等)
    P = guess_density(mol)
    
    for i in range(max_iter):
        # 2. Fock行列の構築
        F = np.zeros((n_orb, n_orb))
        
        # 一電子項 H
        F += H_core
        
        # 二電子項 (NDDO近似)
        # 対角ブロック (One-center)
        # F_mu,nu += P_lam,sig * [(mu nu | lam sig) - 0.5(mu lam | nu sig)]
        
        # 非対角ブロック (Two-center)
        # F_mu,lam += -0.5 * sum P * (mu nu | lam sig) ... (Exchange only)
        
        # 3. 対角化 F C = S C e (S=I なので F C = C e)
        epsilon, C = np.linalg.eigh(F)
        
        # 4. 密度行列更新
        P_new = compute_density(C, mol.n_electrons)
        
        # 5. 収束判定
        if np.max(np.abs(P_new - P)) < tolerance:
            break
        P = P_new
        
    # 6. 最終エネルギー計算
    E_elec = 0.5 * np.trace(np.dot(P, H_core + F))
    E_core = sum(calculate_am1_core_repulsion(A, B, dist(A,B)) for A, B in pairs)
    
    return E_elec + E_core

5. 実利的な成果と限界#

5.1 水素結合の再現#

AM1の最大の功績は、ガウス補正項の導入により、MNDOでは不可能だった水素結合の記述を可能にしたことである。

水二量体: O-H…O の結合エネルギーとして約 5.5 kcal/mol を算出し、実験値に近い値を与えた(MNDOでは反発していた)。

生体分子: ペプチドの α\alpha-ヘリックス構造やDNAの塩基対形成など、水素結合が支配的な系の構造最適化が可能となり、生物有機化学への応用が一気に進んだ。

5.2 活性化エネルギーの改善#

MNDOは活性化バリアを過大評価する傾向があったが、AM1ではガウス関数による反発項の微調整により、遷移状態のエネルギーがより現実に近づいた。これにより、反応経路探索における信頼性が向上した。

5.3 超原子価化合物とリン・硫黄の問題#

一方で、AM1にも弱点はある。特にリン(P)や硫黄(S)の超原子価状態(五配位リンなど)において、結合長を過小評価したり、エネルギー精度が悪化したりする傾向がある。また、ガウス関数による補正はあくまで経験的なフィッティングであるため、パラメータ化されていない領域(極端に短い結合距離など)では、物理的根拠のない「偽のポテンシャル障壁」や「引力の谷」が現れるリスクがある。

6. 結論#

AM1法は、半経験的手法の歴史において「物理モデルの不足を数学的な柔軟性で補う」というパラダイムシフトをもたらした。NDDOという堅牢な理論的骨格の上に、ガウス型コア反発関数という「調整弁」を設けることで、理論的厳密さを犠牲にすることなく、実用上の化学的精度(特に水素結合)を劇的に向上させたのである。今日、PM6やPM7、あるいはDFTBといったより現代的な手法が登場しているが、AM1の構築した「NDDO + 経験的補正」というスタイルは、パラメータ最適化に基づく計算化学の成功例として、依然として重要な参照点であり続けている。

参考文献#

  • M. J. S. Dewar, E. G. Zoebisch, E. F. Healy, and J. J. P. Stewart, “AM1: A New General Purpose Quantum Mechanical Molecular Model,” J. Am. Chem. Soc. 107, 3902 (1985).
  • M. J. S. Dewar and W. Thiel, “Ground states of molecules. 38. The MNDO method. Approximations and parameters,” J. Am. Chem. Soc. 99, 4899 (1977).
  • J. J. P. Stewart, “Optimization of parameters for semiempirical methods I. Method,” J. Comput. Chem. 10, 209 (1989).
【計算化学】AM1法(Austin Model 1)の数理的背景と実装論:MNDOの欠陥克服とコア反発関数の再構築
https://ss0832.github.io/posts/20251231_compchem_am1_overview/
Author
ss0832
Published at
2025-12-31