最終更新:2025-12-30
注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文や使用するソフトウェアのマニュアルをご確認ください。
序論:断熱接続と「正確な交換」の導入
密度汎関数法(DFT)の歴史において、1993年は決定的な転換点であった。Axel D. Beckeが提案した**混成汎関数(Hybrid Functional)**のアプローチは、それまでLDAやGGAが抱えていた「自己相互作用誤差」や「反応障壁の過小評価」といった問題を劇的に改善し、DFTを量子化学計算の主役へと押し上げた。
混成汎関数の基本的なアイデアは、Kohn-Sham DFTの交換相関エネルギー の一部を、Hartree-Fock(HF)理論における**「正確な交換(Exact Exchange)」**で置き換えることにある。これは単なる経験的な混合ではなく、**断熱接続公式(Adiabatic Connection Formula, ACF)**と呼ばれる厳密な理論的基礎に基づいている。
ここで は結合定数(Coupling constant)であり、 は相互作用のないKohn-Sham系(交換のみが存在し、相関はゼロ)、 は現実の相互作用系に対応する [Harris74]。 この積分を近似する際、両端点( のHF交換と、 のDFT交換相関)を補間することで、物理的に妥当なエネルギー表現が得られる。Beckeはこの概念を具現化し、少数のパラメータで実験値を再現する手法を確立した。
本稿では、その金字塔であるB3LYPを中心に、Gaussian等のソフトウェアで利用可能な様々な混成汎関数の理論的背景と分類について、それぞれの原著論文を参照しながら解説する。
1. Beckeの3パラメータ混成汎関数(B3LYPとその派生)
1.1 B3LYPの理論的構成
現在、化学の分野で最も広く使われている汎関数であるB3LYP(Becke, 3-parameter, Lee-Yang-Parr)は、1993年にBeckeが提案した形式に基づいている [Becke93a]。 その一般形は以下の通りである。
この式は、以下の要素から構成されている。
- : LSDA(局所スピン密度近似)の交換項(Slater交換)。
- : Hartree-Fock法による正確な交換項(Exact Exchange)。
- : GGAの交換補正項(通常はB88交換)。
- : LSDAの相関項(VWN汎関数)。
- : GGAの相関補正項。
係数 は、G1分子セット(原子化エネルギー、イオン化ポテンシャルなど)に対するフィッティングによって決定された経験的パラメータである。 Beckeのオリジナル論文 [Becke93a] では PW91相関などが用いられたが、Stephensらが相関項にLYPを採用したものが B3LYP として定着した [Stephens94]。
1.2 B3LYPにおけるパラメータとVWNの謎
B3LYPの定義におけるパラメータは以下の値が標準的に用いられる [Stephens94]。
- (つまり HF交換の混合率は 、すなわち 20%)
- (B88交換補正の重み)
- (LYP相関補正の重み)
ここで注意すべき技術的な詳細がある。LYP相関汎関数 [Lee88] は、それ自体に局所項(Local term)と非局所項(Non-local term)の両方を含んでいる。しかし、B3LYPの実装においては、LYPの局所項は使用されず、代わりにVWN汎関数 [Vosko80] が局所相関として用いられる。 すなわち、実際の相関項は以下の形をとる。
さらに、Gaussianなどのプログラムにおいて、この「VWN」としては、Vosko-Wilk-Nusairの論文における推奨値である「Functional V」ではなく、RPA解へのフィッティングである**「Functional III」**が歴史的に使用されている。
1.3 派生形(B3P86, B3PW91, O3LYP)
B3形式の交換項(20% HF交換)を維持しつつ、相関項を別のGGAに置き換えたバリエーションも存在する。
- B3P86: 相関項にP86(Perdew 86)を使用したもの [Perdew86]。
- B3PW91: 相関項にPW91(Perdew-Wang 91)を使用したもの。これはBeckeのオリジナル論文 [Becke93a] に近い形式である。
- O3LYP: B3LYPのパラメータを、OPTX交換汎関数を用いて再最適化したもの。CohenとHandyによって提案され、結合距離の記述などが改善されている [Cohen01]。
2. PBE0と1パラメータ混成汎関数
Beckeの3パラメータ形式は経験的フィッティングに依存していたが、より物理的・非経験的な根拠に基づいてパラメータを減らす試みもなされた。
2.1 PBE0(PBE1PBE)
1996年のPBE純粋汎関数(Perdew-Burke-Ernzerhof) [Perdew96] に対し、Adamoらは理論的な摂動論に基づいて、HF交換の混合率を 25% () と決定した [Adamo99a]。
Gaussianのキーワードでは PBE1PBE と呼ばれる。これは経験的パラメータを含まないため、物理的な一貫性が高く、固体物理などの分野でも広く利用されている。
2.2 その他の1パラメータ混成
- B1B95: Becke自身が1996年に提案した、B95相関汎関数を用いた1パラメータ混成汎関数 [Becke96]。反応障壁の計算において優れた性能を示す。
- mPW1PW91: AdamoとBaroneによる修正されたPerdew-Wang交換汎関数 (mPW) を用いたもの [Adamo98]。非共有結合相互作用の記述においてB3LYPよりも優れた性能を示す場合がある。
- B1LYP: Adamoらによる、B1形式(1パラメータ)でLYP相関を用いたもの [Adamo97]。
2.3 B97ファミリーの修正版
- B98: BeckeによるB97汎関数の1998年改訂版 [Becke97, Schmider98]。10個のパラメータを持ち、熱化学データに対して再最適化されている。
- B97-1: HandyらによるB97の再パラメータ化版 [Hamprecht98]。
- B97-2: Wilsonらによる更なる改良版 [Wilson01a]。
3. ミネソタ汎関数:高度なパラメータ化
2000年代中盤以降、ミネソタ大学のDonald G. Truhlarらのグループは、数十個のパラメータを広範な化学データベースに対してフィッティングさせるアプローチで、汎用性の高い汎関数群を開発した。
3.1 M05 / M06ファミリー
- M05 / M05-2X: 遷移金属と非共有結合相互作用の両立を目指して開発された初期のミネソタ汎関数 [Zhao05, Zhao06]。
- M06: ハイブリッドMeta-GGA。遷移金属や有機金属化学において標準的な地位にあり、B3LYPよりも静的相関の記述に優れる [Zhao08]。
- M06-2X: HF交換の割合を 54% に高めたもの。主族元素の熱化学、反応障壁、非共有結合相互作用(πスタッキングなど)に極めて強いが、遷移金属には不向き [Zhao08]。
- M06-HF: HF交換を 100% 含む。電荷移動励起やRydberg状態の記述に特化している [Zhao06b, Zhao06c]。
3.2 その後の発展
Truhlarグループはその後も改良を続け、以下の汎関数を発表している。
- M08-HX: 高いHF交換率を持つM08系汎関数 [Zhao08a]。
- M11: 距離分離(Range-Separated)を取り入れた汎関数 [Peverati11a]。
- SOGGA11-X: Second Order GGAに基づく混成汎関数 [Peverati11b]。
- N12-SX / MN12-SX: 非分離型(Nonseparable)の勾配近似を用いたもの [Peverati12a]。
- MN15: 以前のミネソタ汎関数よりも広いデータベースで訓練された、より汎用的な汎関数 [Yu16]。
4. 長距離補正(Long-Range Correction)
B3LYPなどの標準的な混成汎関数は、遠距離での電子間相互作用ポテンシャルが正しく に漸近しないため、電荷移動(CT)励起エネルギーを著しく過小評価するという欠点があった。これを解決するのが長距離補正(LC)スキームである。
4.1 理論的背景とLC汎関数
Iikura, Tsuneda, Yanai, Hiraoらは、電子間クーロン演算子を誤差関数で分割し、遠距離部にHF交換を適用する手法を確立した [Iikura01]。
- LC-wPBE: PBE交換に長距離補正を適用したもので、VydrovとScuseriaによって評価された [Vydrov06, Vydrov06a]。遠距離でHF交換が100%になるよう設計されている。Gaussianでは
LC-wHPBEが推奨バージョンとして実装されている [Henderson09]。
4.2 CAM-B3LYP
YanaiらによるB3LYPの長距離補正版 [Yanai04]。パラメータ を用いて、近距離で約19%、遠距離で約65%のHF交換を混合する(100%ではないことに注意)。電荷移動励起の計算において標準的な選択肢である。
4.3 ωB97系列
Head-Gordonらのグループによる、B97汎関数に長距離補正を加えたシリーズ。
- wB97 / wB97X: ChaiとHead-Gordonによる提案 [Chai08]。
- wB97X-D: 経験的分散力補正(Empirical Dispersion)を含んだもの [Chai08a]。現代の計算化学において、反応障壁、非共有結合、励起状態を同時に扱える最も信頼性の高い「万能型」汎関数の一つである。
5. 分散力補正(Empirical Dispersion)とその他の汎関数
DFTは原理的に、電子密度のゆらぎに起因する長距離の分散力(ファンデルワールス力)を記述できない(局所近似のため)。これを補うために、Grimmeらによる経験的な分散力項()を加える手法が普及している。
5.1 分散力補正を含む汎関数
- APFD: Austin-Frisch-Petersson汎関数に球対称原子の分散力を加えたもの [Austin12]。
APFは分散力なしのバージョンである。 - PW6B95-D3: ZhaoとTruhlarによるハイブリッドMeta-GGA [Zhao05a] に、GrimmeのD3補正を加えたもの。
- B2PLYP-D3: 二重混成汎関数(Double Hybrid)にD3補正を加えたもの。Grimmeによる提案 [Grimme06, Grimme10]。
5.2 依存型汎関数(Meta-GGA Hybrid)
- TPSSh: TPSS Meta-GGA汎関数 [Tao03] を用いた混成汎関数 [Staroverov03]。HF交換を10%含む。
- BMK: BoeseとMartinによる、反応速度論(Kinetics)に特化した汎関数 [Boese04]。42%という高いHF交換率を持つ。
- tHCTHhyb: HCTH汎関数ファミリーの混成版 [Boese02]。
5.3 その他の歴史的汎関数
- BHandH (Half-and-Half): Beckeが初期に提案した、HF交換とLSDA交換を50:50で混ぜる単純なモデル [Becke93]。現在は歴史的な意義しかないが、Gaussianには互換性のために残されている。
- BHandHLYP: Half-and-Half形式にLYP相関を加えたもの。
- X3LYP: XuとGoddardによる、B3LYPの改良版 [Xu04]。
結論
混成汎関数は、物理的厳密性(断熱接続、正確な交換)と化学的実用性(パラメータフィッティング)の融合によって生まれた、現代計算化学の強力なツールである。
- B3LYP [Stephens94] はその原点にして頂点であり、有機化学を中心に依然として強力である。
- PBE0 [Adamo99a] は物理的制約を重視する固体・物理化学分野で好まれる。
- M06-2X [Zhao08] や ωB97X-D [Chai08a] は、B3LYPが苦手とする非共有結合や電荷移動励起といった難問を解決するために開発された、より洗練された選択肢である。
参考文献
- [Harris74] J. Harris and R. O. Jones, J. Phys. F 4, 1170 (1974).
- [Becke93] A. D. Becke, J. Chem. Phys. 98, 1372 (1993).
- [Becke93a] A. D. Becke, J. Chem. Phys. 98, 5648 (1993).
- [Stephens94] P. J. Stephens, F. Devlin, C. F. Chabalowski, and M. J. Frisch, J. Phys. Chem. 98, 11623 (1994).
- [Lee88] C. Lee, W. Yang, and R. G. Parr, Phys. Rev. B 37, 785 (1988).
- [Vosko80] S. H. Vosko, L. Wilk, and M. Nusair, Can. J. Phys. 58, 1200 (1980).
- [Perdew86] J. P. Perdew, Phys. Rev. B 33, 8822 (1986).
- [Perdew91] J. P. Perdew, et al., Phys. Rev. B 46, 6671 (1992).
- [Cohen01] A. J. Cohen and N. C. Handy, Mol. Phys. 99, 607 (2001).
- [Perdew96] J. P. Perdew, K. Burke, and M. Ernzerhof, Phys. Rev. Lett. 77, 3865 (1996).
- [Adamo99a] C. Adamo and V. Barone, J. Chem. Phys. 110, 6158 (1999).
- [Becke96] A. D. Becke, J. Chem. Phys. 104, 1040 (1996).
- [Adamo97] C. Adamo and V. Barone, Chem. Phys. Lett. 274, 242 (1997).
- [Adamo98] C. Adamo and V. Barone, J. Chem. Phys. 108, 664 (1998).
- [Becke97] A. D. Becke, J. Chem. Phys. 107, 8554 (1997).
- [Schmider98] H. L. Schmider and A. D. Becke, J. Chem. Phys. 108, 9624 (1998).
- [Hamprecht98] F. A. Hamprecht, A. J. Cohen, D. J. Tozer, and N. C. Handy, J. Chem. Phys. 109, 6264 (1998).
- [Wilson01a] P. J. Wilson, T. J. Bradley, and D. J. Tozer, J. Chem. Phys. 115, 9233 (2001).
- [Zhao05] Y. Zhao, N. E. Schultz, and D. G. Truhlar, J. Chem. Phys. 123, 161103 (2005).
- [Zhao06] Y. Zhao, N. E. Schultz, and D. G. Truhlar, J. Chem. Theory Comput. 2, 364 (2006).
- [Zhao08] Y. Zhao and D. G. Truhlar, Theor. Chem. Acc. 120, 215 (2008).
- [Zhao06b] Y. Zhao and D. G. Truhlar, J. Phys. Chem. A 110, 13126 (2006).
- [Zhao06c] Y. Zhao and D. G. Truhlar, J. Chem. Phys. 125, 194101 (2006).
- [Zhao08a] Y. Zhao and D. G. Truhlar, J. Chem. Theory Comput. 4, 1849 (2008).
- [Peverati11a] R. Peverati and D. G. Truhlar, J. Phys. Chem. Lett. 2, 2810 (2011).
- [Peverati11b] R. Peverati and D. G. Truhlar, J. Chem. Theory Comput. 7, 3983 (2011).
- [Peverati12a] R. Peverati and D. G. Truhlar, Phys. Chem. Chem. Phys. 14, 13171 (2012).
- [Yu16] H. S. Yu, et al., Chem. Sci. 7, 5032 (2016).
- [Iikura01] H. Iikura, T. Tsuneda, T. Yanai, and K. Hirao, J. Chem. Phys. 115, 3540 (2001).
- [Vydrov06] O. A. Vydrov and G. E. Scuseria, J. Chem. Phys. 125, 234109 (2006).
- [Vydrov06a] O. A. Vydrov, J. Heyd, A. V. Krukau, and G. E. Scuseria, J. Chem. Phys. 125, 074106 (2006).
- [Henderson09] T. M. Henderson, A. F. Izmaylov, G. Scalmani, and G. E. Scuseria, J. Chem. Phys. 131, 044108 (2009).
- [Yanai04] T. Yanai, D. P. Tew, and N. C. Handy, Chem. Phys. Lett. 393, 51 (2004).
- [Chai08] J.-D. Chai and M. Head-Gordon, J. Chem. Phys. 128, 084106 (2008).
- [Chai08a] J.-D. Chai and M. Head-Gordon, Phys. Chem. Chem. Phys. 10, 6615 (2008).
- [Austin12] A. Austin, G. A. Petersson, M. J. Frisch, et al., J. Chem. Theory Comput. 8, 4989 (2012).
- [Zhao05a] Y. Zhao and D. G. Truhlar, J. Phys. Chem. A 109, 5656 (2005).
- [Grimme06] S. Grimme, J. Chem. Phys. 124, 034108 (2006).
- [Grimme10] S. Grimme, J. Antony, S. Ehrlich, and H. Krieg, J. Chem. Phys. 132, 154104 (2010).
- [Tao03] J. Tao, J. P. Perdew, V. N. Staroverov, and G. E. Scuseria, Phys. Rev. Lett. 91, 146401 (2003).
- [Staroverov03] V. N. Staroverov, G. E. Scuseria, J. Tao, and J. P. Perdew, J. Chem. Phys. 119, 12129 (2003).
- [Boese04] A. D. Boese and J. M. L. Martin, J. Chem. Phys. 121, 3405 (2004).
- [Boese02] A. D. Boese and N. C. Handy, J. Chem. Phys. 116, 9559 (2002).
- [Xu04] X. Xu and W. A. Goddard III, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 101, 2673 (2004).
