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【DFT】B3P86汎関数の理論構成:Beckeの断熱接続とPerdew 86相関の融合

最終更新:2025-12-30

注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文をご確認ください。

序論:B3LYPの「もう一つの可能性」#

密度汎関数法(DFT)の実用的な成功を決定づけたのは、1993年にAxel D. Beckeが導入した3パラメータ混成汎関数(B3形式)である。一般に、この形式を用いた汎関数として最も有名なのはB3LYP(相関項にLYPを用いたもの)であるが、Beckeの当初の提案やその後のバリエーションには、他の相関汎関数を用いた組み合わせも存在する。その代表格が、本稿で取り上げるB3P86である。

B3P86は、交換汎関数としてBecke 88 (B88) とHartree-Fock (HF) 交換を用い、相関汎関数としてPerdew 86 (P86) を採用したハイブリッド汎関数である。B3LYPがColle-Salvettiの経験的な式に基づくLYP相関を採用しているのに対し、B3P86は、より物理的な第一原理(電子ガスの勾配展開など)に基づいて構築されたP86相関を採用している点に理論的な特徴がある。

本稿では、B3形式の復習から始め、B3P86の核心であるPerdew 86相関汎関数の数理的導出、そしてそれがハイブリッド形式の中で果たす役割について、原著論文に基づき詳細かつ学術的に解説する。


1. B3形式の理論的枠組み:断熱接続と半経験的混合#

B3P86の「B3」は、Beckeの1993年の論文で提案された、断熱接続(Adiabatic Connection)に基づく混合スキームを指す。これは、密度汎関数理論における交換相関エネルギー EXCE_{XC} を、結合定数 λ\lambda に関する積分として捉える考え方である。

1.1 断熱接続公式(ACF)の再考#

EXC=01UXCλdλE_{XC} = \int_{0}^{1} U_{XC}^{\lambda} \, d\lambda

ここで λ=0\lambda=0 は非相互作用系(Kohn-Sham参照系、純粋な交換のみ)、λ=1\lambda=1 は完全な相互作用系(現実の系)に対応する。 Beckeは、LSDA(局所スピン密度近似)やGGA(一般化勾配近似)が λ=1\lambda=1 付近の記述には優れているものの、λ=0\lambda=0 付近(Hartree-Fock交換極限)の記述において物理的に不正確である(非局所性が不足している)と指摘した。

1.2 3パラメータ形式(The 3-Parameter Hybrid)#

この λ=0\lambda=0λ=1\lambda=1 の間を補間し、かつ勾配補正の効果を適切に取り込むために、Beckeは以下の線形結合形式を提案した。

EXCB3=EXCLSDA+a0(EXExactEXLSDA)+axΔEXB88+acΔECGGAE_{XC}^{B3} = E_{XC}^{LSDA} + a_0 (E_{X}^{Exact} - E_{X}^{LSDA}) + a_x \Delta E_{X}^{B88} + a_c \Delta E_{C}^{GGA}
  • EXExactE_{X}^{Exact}: 波動関数(Kohn-Sham軌道)から計算される正確な交換エネルギー(HF交換)。
  • ΔEXB88\Delta E_{X}^{B88}: Becke 1988 交換汎関数による勾配補正。
  • ΔECGGA\Delta E_{C}^{GGA}: 一般化勾配近似による相関の勾配補正。B3P86の場合、ここにP86の勾配補正項が用いられる。

係数 a0,ax,aca_0, a_x, a_c は、G1セット(原子化エネルギー等)に対するフィッティングによって決定され、標準的には以下の値が用いられる。

  • a0=0.20a_0 = 0.20 (HF交換の混合率)
  • ax=0.72a_x = 0.72 (B88交換補正の重み)
  • ac=0.81a_c = 0.81 (相関勾配補正の重み)

B3LYPとB3P86の違いは、この式の最後の項、ΔECGGA\Delta E_{C}^{GGA} として何を採用するか、および ECLSDAE_{C}^{LSDA} との整合性をどう取るかにある。


2. Perdew 86 (P86) 相関汎関数の数理#

B3P86を理解するためには、その相関部分であるPerdew 86 (P86) 汎関数の成り立ちを深く理解する必要がある。これは、1986年にJohn P. Perdewによって発表された論文 “Density-functional approximation for the correlation energy of the inhomogeneous electron gas” [Perdew86] に基づく。

2.1 歴史的背景:Langreth-Mehlからの発展#

1980年代前半、LSDAを超える試みとして、LangrethとMehl (LM) は、ランダム位相近似(RPA)に基づく波数の分解(wave-vector decomposition)を用いて、電子密度の勾配を含む相関汎関数を提案していた。 Perdewは、このLM汎関数を基礎としつつ、以下の2つの重要な改良を加えることで、より堅牢なGGA相関汎関数(P86)を構築した。

  1. 交換と相関の分離: EXCE_{XC} を一体として扱うのではなく、交換と相関を明確に分離し、それぞれの勾配展開(Gradient Expansion Approximation: GEA)の正しい極限を回復させること。
  2. RPAを超えた補正: 均一電子ガス極限および不均一性に対するRPAの誤差を補正すること。

2.2 勾配展開の回復とカットオフ#

緩やかに変化する電子密度(slowly varying density)の極限において、相関エネルギーは以下のように密度勾配 n\nabla n で展開できる。

ECd3r[ϵcunif(n)+C(ρ)n2n4/3+]E_{C} \approx \int d^3r \left[ \epsilon_{c}^{unif}(n) + C(\rho) \frac{|\nabla n|^2}{n^{4/3}} + \dots \right]

しかし、通常のGEAは、現実の有限系(原子・分子)に適用すると発散したり、過大な補正を与えたりする問題があった。Perdewは、一般化された勾配展開の形式として、以下の形を提案した。

EcP86[n,n]=d3rϵcLSDA(n,n)+d3reΦC(ρ)n2n4/3E_{c}^{P86}[n_{\uparrow}, n_{\downarrow}] = \int d^3r \, \epsilon_{c}^{LSDA}(n_{\uparrow}, n_{\downarrow}) + \int d^3r \, e^{- \Phi} C(\rho) \frac{|\nabla n|^2}{n^{4/3}}

ここで重要なのが、指数関数的なカットオフ項 eΦe^{-\Phi} の導入である。 Perdewは、波数が小さい領域(長波長領域)での勾配展開の振る舞いを解析し、以下のような無次元量を用いてカットオフ関数 Φ\Phi を設計した。

Φ=1.745f~C()C(0)nn7/6\Phi = 1.745 \tilde{f} \frac{C(\infty)}{C(0)} \frac{|\nabla n|}{n^{7/6}}

(係数や具体的な関数形は、RPAの波数解析と均一電子ガスの性質から決定される)

このカットオフにより、密度勾配が大きい領域(原子核近傍や密度テイル)において、勾配補正項が発散することを防ぎ、物理的に妥当な相関エネルギーを与えるように制御されている。

2.3 P86の数理的特徴#

Perdew 86相関汎関数の最大の特徴は、経験的なパラメータフィッティング(例えば原子の相関エネルギーに合わせるなど)に頼らず、「不均一な電子ガス」の物理的モデルから第一原理的に導出されている点にある。 具体的には、以下の要素が組み込まれている。

  • 均一ガス極限: 勾配がゼロの極限で、正確なLSDA(Perdew-Zunger 81など)に一致する。
  • 低密度極限と高密度極限: 相関エネルギーのスケーリング則を考慮している。
  • スピン分極依存性: スピン密度 n,nn_{\uparrow}, n_{\downarrow} の関数として、磁性体や開殻系にも適用可能な形式を持っている。

3. B3P86の構築と特性#

3.1 結合のロジック#

B3P86は、前述のB3形式の相関部分にP86を代入したものである。

EXCB3P86=EXCLSDA+0.20(EXHFEXLSDA)+0.72ΔEXB88+0.81ΔECP86E_{XC}^{B3P86} = E_{XC}^{LSDA} + 0.20 (E_{X}^{HF} - E_{X}^{LSDA}) + 0.72 \Delta E_{X}^{B88} + 0.81 \Delta E_{C}^{P86}

ここで注意すべきは、ΔECP86\Delta E_{C}^{P86} は「P86相関全体からLSDA相関を引いたもの(=P86の勾配補正部分)」を指すという点である。 B3LYPの場合、LYP汎関数がLSDA部分と勾配部分に綺麗に分離できないため、VWN(LSDA)との混合というやや複雑な形式をとるが、B3P86の場合はP86が「LSDA + 勾配補正」という加法的な構造を持っているため、数式上の見通しは非常に良い。

3.2 B3LYPとの比較:物理 vs 経験#

  • B3LYP (LYP相関): LYPはヘリウム原子の波動関数に基づくColle-Salvetti式から導出されており、電子ガスモデルを出発点としていない。そのため、均一電子ガス極限を厳密には再現しない(ただし実用上は問題にならないことが多い)。
  • B3P86 (P86相関): P86は電子ガスモデルの厳密な解析に基づいている。したがって、金属固体や非局在化した電子系など、電子ガスに近い振る舞いをする系に対しては、理論的な整合性が高いと考えられる。

3.3 パラメータの普遍性#

B3P86で用いられる係数 (0.20,0.72,0.81)(0.20, 0.72, 0.81) は、本来BeckeがB3PW91(Perdew-Wang 91相関を使用)をG1セットにフィッティングして決定したものである。 興味深いことに、相関汎関数をPW91からP86に変更しても、これらの係数を再最適化せずにそのまま用いることが一般的である(Gaussian等の実装でもそうなっていることが多い)。これは、P86とPW91が共に同様の物理的背景(電子ガスの勾配展開)を持ち、数値的にも似た振る舞いをするため、パラメータの転用が可能であることに起因する。ただし、厳密には再最適化によってわずかな改善が見込める可能性はある。


4. 性能と適用範囲#

4.1 熱化学的精度#

初期のベンチマーク研究において、B3P86は原子化エネルギーやイオン化ポテンシャルの計算で非常に良好な結果を示した。G2セットなどの標準的なテストセットにおいて、B3LYPと同等か、系によってはそれ以上の精度を出すことが知られている。特に、交換エネルギーと相関エネルギーのバランスが崩れやすい系(遷移金属錯体の一部など)において、B3LYPとは異なる傾向を示し、相補的な役割を果たすことがある。

4.2 振動数と構造#

分子構造や振動数の予測においても、B3P86は信頼性が高い。Becke 88交換による適切な長距離補正(漸近挙動の改善)と、P86相関による電子相関の記述が組み合わさることで、共有結合の強さを適切に見積もる。ただし、B3LYPと同様に、分散力(ファンデルワールス力)そのものは記述できないため、長距離相互作用が支配的な系には注意が必要である。

4.3 物理的アピール#

計算化学の実務においては「とりあえずB3LYP」という風潮が長かったが、物理的な観点からは、電子ガスの極限を正しく満たすP86(およびその後のPW91, PBE)を含むB3P86やB3PW91の方が「素性が良い」と評価されることもある。特に、経験的パラメータを含まないPBE0などが登場する前は、B3P86は物理的基盤を持つハイブリッド汎関数の有力な選択肢であった。


結論#

B3P86は、Beckeが切り拓いた「正確な交換との混成(Hybrid)」という革新的なアイデアと、Perdewが緻密に構築した「電子ガスの物理に基づく相関汎関数(P86)」が融合した汎関数である。

その数理的背景には、

  1. 断熱接続: λ=0\lambda=0 近傍の物理をHF交換で取り込む(a0=0.20a_0=0.20)。
  2. 勾配展開の制御: 単純なGEAの発散を抑え、物理的に正しい相関エネルギーを与えるためのP86のカットオフ機構。
  3. 半経験的プラグマティズム: 厳密な理論と実験値フィッティングの絶妙なバランス。

が存在する。B3LYPの陰に隠れがちではあるが、B3P86はDFTの歴史において、物理的洞察と実用的精度がどのように結びついたかを示す重要なマイルストーンである。LYPのような経験的モデルではなく、電子ガスの物理に立脚した相関記述を好む場合、あるいはB3LYPで不具合が生じた場合の代替案として、B3P86は依然として重要なツールであり続けている。

参考文献#

  • [Perdew86] J. P. Perdew, “Density-functional approximation for the correlation energy of the inhomogeneous electron gas”, Phys. Rev. B 33, 8822 (1986).
  • [Becke93] A. D. Becke, “Density-functional thermochemistry. III. The role of exact exchange”, J. Chem. Phys. 98, 5648 (1993).
  • [Langreth83] D. C. Langreth and M. J. Mehl, “Beyond the Local-Density Approximation in Calculations of Ground-State Electronic Properties”, Phys. Rev. B 28, 1809 (1983).
  • [Stephens94] P. J. Stephens, F. J. Devlin, C. F. Chabalowski, and M. J. Frisch, “Ab Initio Calculation of Vibrational Absorption and Circular Dichroism Spectra Using Density Functional Force Fields”, J. Phys. Chem. 98, 11623 (1994).
【DFT】B3P86汎関数の理論構成:Beckeの断熱接続とPerdew 86相関の融合
https://ss0832.github.io/posts/20251230_dft_hybrid_xc_functional_b3p86/
Author
ss0832
Published at
2025-12-30