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【DFT】B95相関汎関数の理論体系:運動エネルギー密度による動的相関の純粋化とハイブリッド法への展望

最終更新:2025-12-29

注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文をご確認ください。

序論:相関汎関数における「動的」と「静的」の境界#

密度汎関数法(DFT)の実用的な成功は、交換相関汎関数の精度向上と不可分である。1980年代後半から1990年代初頭にかけて、Becke 88 (B88) 交換汎関数やLee-Yang-Parr (LYP) 相関汎関数、そしてPerdew-Wang 91 (PW91) などの一般化勾配近似(GGA)が登場し、化学的精度の達成に大きく貢献した。

しかし、1996年にAxel D. Beckeが発表した論文 “Density-functional thermochemistry. IV. A new dynamical correlation functional and implications for exact-exchange mixing” [1] は、当時の標準的な汎関数が抱えていた概念的な混同に対して、鋭いメスを入れるものであった。その混同とは、**「動的相関(Dynamical Correlation)」「静的相関(Static or Non-dynamical Correlation)」**の境界に関する問題である。

Beckeは、従来の相関汎関数(特に局所密度近似やGGA)が、本来は多参照(Multi-reference)理論で扱われるべき静的相関の効果を、パラメータのフィッティングや関数形の特性として暗黙のうちに含んでしまっていることを指摘した。これは純粋なDFT計算においては誤差の相殺として有利に働く場合もあるが、Hartree-Fock交換(Exact Exchange)を混合するハイブリッドDFTにおいては、静的相関の二重カウントや不整合を引き起こす要因となる。

本稿で解説するB95相関汎関数(論文中では単に “new dynamical correlation functional” と呼ばれるが、通称B95またはBc95として知られる)は、この問題を解決するために設計された。Beckeは、**運動エネルギー密度(Kinetic Energy Density)**を利用したMeta-GGAの形式を採用することで、電子の局所的な運動状態を詳細に記述し、「純粋な動的相関」のみを抽出する汎関数を構築した。このアプローチは、後のB97や現代の多くのハイブリッドMeta-GGA汎関数の基礎となる重要な理論的転換点であった。


1. 理論的出発点:Colle-Salvetti模型の再考#

B95の導出にあたり、BeckeはまずLYP汎関数の基礎ともなったColle-Salvetti (CS) 公式を再検討した。CS公式は、Hartree-Fock波動関数に対して相関因子(Correlation factor)を乗じることで相関エネルギーを記述する手法であり、以下の形式を持つ。

EcCS=0.8πρ(r)z(r)rˉc21+1.21πρ(r)rˉc2z(r)drE_c^{CS} = -0.8 \, \pi \int \frac{\rho(\mathbf{r}) \, z(\mathbf{r}) \, \bar{r}_c^2}{1 + 1.21 \, \pi \, \rho(\mathbf{r}) \, \bar{r}_c^2 \, z(\mathbf{r})} d\mathbf{r}

(※ 係数は概略値。詳細な定義は文献参照)

ここで rˉc\bar{r}_c は「相関長(Correlation length)」と呼ばれるパラメータであり、電子密度や曲率に依存する。LYP汎関数は、このCS公式を密度 nn と勾配 n\nabla n で展開・近似して得られたものである。

1.1 CS/LYPの欠点#

Beckeは、CS公式およびLYP汎関数には以下の物理的な欠点があると考えた。

  1. 静的相関の混入: CS公式は、全相関エネルギーを記述しようとするあまり、長距離的な相関(静的相関)の一部を含んでいる可能性がある。
  2. 1電子系での挙動: LYPは1電子系で相関エネルギーがゼロになる(Self-Interaction Free)という優れた性質を持つが、それはあくまで近似的な勾配展開の結果として得られたものであり、物理的なロジック(なぜゼロになるのか)がCS公式の段階から完全に透明なわけではない。
  3. 常磁性状態への拡張: CS公式は本来閉殻系(Closed shell)のために導出されたものであり、スピン分極系への拡張には曖昧さが残る。

そこでBeckeは、CS公式の「相関孔(Correlation Hole)をモデル化する」というアイデアのみを継承し、その中身(相関孔の深さや広がり)を、運動エネルギー密度を用いて独自に再定義する道を選んだ。


2. 運動エネルギー密度によるフェルミ孔の記述#

相関エネルギー(特に動的相関)は、電子同士がクーロン反発によって互いに避け合う現象(クーロン孔)に由来する。Beckeの洞察の核心は、**「クーロン孔の形状は、同スピン電子間の交換孔(フェルミ孔)の形状と密接に関連している」**という点にある。

もし、ある電子の周りに深いフェルミ孔が存在する場合(同スピンの電子が既に排除されている場合)、そこに異スピンの電子が近づいたとしても、パウリの排他律による排除領域が既に確保されているため、追加のクーロン反発による排除効果(相関)は相対的に小さくなる、あるいはフェルミ孔の形状に制約を受けると考えられる。

2.1 運動エネルギー密度 τ\tau の導入#

フェルミ孔の「深さ」や「曲率」を局所的に記述するために、BeckeはKohn-Sham軌道から得られる運動エネルギー密度 τσ\tau_\sigma を導入した。

τσ=ioccup12ψiσ2\tau_\sigma = \sum_{i}^{occup} \frac{1}{2} |\nabla \psi_{i\sigma}|^2

そして、以下の変数 DσD_\sigma を定義した。

Dσ=τσ14(ρσ)2ρσD_\sigma = \tau_\sigma - \frac{1}{4} \frac{(\nabla \rho_\sigma)^2}{\rho_\sigma}

この DσD_\sigma は、現在の用語で言えばvon Weizsäcker運動エネルギー密度との差分に相当し、電子の局在化(Localization)を示す指標である。

  • 1電子系(または単一軌道): Dσ=0D_\sigma = 0 となる。
  • 均一電子ガス: Dσ=35(3π2)2/3ρσ5/3D_\sigma = \frac{3}{5} (3\pi^2)^{2/3} \rho_\sigma^{5/3} となる。

Beckeは、この DσD_\sigma がフェルミ孔の原点付近での2次のテイラー展開係数を厳密に与えることに着目した。すなわち、DσD_\sigma は「電子がその位置にどれだけ局在しているか」、あるいは「交換孔がどれだけ深く掘られているか」を定量化する尺度となる。


3. B95相関汎関数の構築#

Beckeは、相関エネルギーを「反平行スピン相関(Opposite-spin, αβ\alpha\beta)」と「平行スピン相関(Parallel-spin, σσ\sigma\sigma)」に分割し、それぞれを以下のようにモデル化した。

3.1 反平行スピン相関 (EcαβE_c^{\alpha\beta})#

反平行スピン間にはパウリの排他律が働かないため、電子同士は近距離まで接近可能である。したがって、相関効果(クーロン反発による避け合い)は最も大きくなる。 Beckeは、この成分を以下のような形式で記述した。

Ecαβ=ecαβ(ρα,ρβ)f(Dα,Dβ)drE_c^{\alpha\beta} = \int e_{c}^{\alpha\beta}(\rho_\alpha, \rho_\beta) \cdot f(D_\alpha, D_\beta) \, d\mathbf{r}

ここで、ecαβe_{c}^{\alpha\beta} は均一電子ガスなどのベースとなる相関エネルギー密度である(論文中ではPW91の局所相関式などを参照しつつ、単純化された形式を採用)。 重要なのは修飾因子 f(Dα,Dβ)f(D_\alpha, D_\beta) である。Beckeは、均一電子ガスにおける DσD_\sigma の値(DσUEGD_\sigma^{UEG})との比率を用いて、原子・分子内の電子状態を均一電子ガスにマッピングする手法を提案した。

χσ=DσDσUEG\chi_\sigma = \frac{D_\sigma}{D_\sigma^{UEG}}

この χσ\chi_\sigma は、1電子領域では 00 になり、金属的な領域では 11 になる。B95では、この変数を用いて、相関の強さを「1電子系から均一電子ガス系まで」滑らかに補間する。特に、1電子極限(χ0\chi \to 0)での挙動を調整することで、自己相互作用誤差を制御する。

3.2 平行スピン相関 (EcσσE_c^{\sigma\sigma})#

平行スピン間には既にフェルミ孔が存在するため、クーロン相関の効果は小さい。Beckeは、平行スピン相関についても同様に χσ\chi_\sigma を用いた形式を採用したが、反平行スピンとは異なるパラメータ依存性を与えた。 特に重要な点は、**「平行スピン相関は、フェルミ孔が完全に発達している領域(1電子系など)では消失する」**という物理的制約を満たすことである。 B95では、Dσ0D_\sigma \to 0 の極限において平行スピン相関項がゼロになるように設計されている。これにより、**1電子系における相関エネルギーゼロ(Self-Interaction Free)**が、パラメータ調整の結果ではなく、汎関数の数理的構造として保証される。これはLYPと同様の利点であるが、B95は運動エネルギー密度を用いることで、より物理的に透明な形でこれを実現している。

3.3 規格化条件(Normalization)#

Beckeは、相関孔のモデル化において、相関孔の総電荷がゼロになるという**総和則(Sum Rule)**を重視した。B95の導出過程では、モデル化された相関孔が全空間で積分してゼロになるように、規格化定数が導入されている。これにより、長距離での非物理的な振る舞いが抑制され、相関エネルギーの「局所性(Locality)」が保たれる。


4. 動的相関への特化とハイブリッド法への示唆#

B95の設計思想において最も革新的な点は、「静的相関を意図的に切り捨てる」という姿勢にある。

4.1 静的相関の問題点#

H2_2分子の解離などの系において、結合長が伸びると、単一のスレーター行列式では記述できない多配置的な状態(静的相関)が現れる。従来のGGA(BP86やBLYPなど)は、交換エネルギーの誤差や相関エネルギーの過大評価によって、この静的相関の一部を「偶然」あるいは「パラメータのフィッティング」によって取り込んでいた。 しかし、Beckeはこれを「理論的な不純物」と見なした。もしDFTの相関汎関数が静的相関を含んでいると、Exact Exchange(Hartree-Fock交換)を混合した際に問題が生じる。なぜなら、Exact Exchangeは静的相関を全く含まない(むしろRHFのように解離を記述できない)ため、DFT相関との整合性が取れなくなるからである。

4.2 B95の戦略#

Beckeは、相関汎関数はあくまで短距離の電子相関(動的相関)のみを記述すべきだと主張した。静的相関は、本来は多参照理論(Multi-reference theory)で扱われるべきものであるが、DFTの枠組みでは、適度な割合のExact Exchange混合によって、静的相関の欠如を(完全ではないにせよ)補うアプローチが現実的であるとした。

そのため、B95は「純粋な動的相関汎関数」として設計されており、Exact Exchangeとの相性が極めて良い。実際、論文後半では、B95をExact Exchangeと組み合わせたハイブリッド汎関数(後にB1B95やB97へと発展する原型)の性能評価が行われている。


5. パラメータ決定と性能評価#

B95汎関数には、いくつかの経験的パラメータが含まれている。これらは、物理定数のみから決定されたTPSSやPBEとは異なり、Beckeのプラグマティックな姿勢を反映している。

5.1 G2セットによるフィッティング#

Beckeは、B95のパラメータ(および交換汎関数との混合比)を決定するために、PopleらのG2ベンチマークセット(原子化エネルギー、イオン化ポテンシャル、プロトン親和力などを含む高精度データセット)を用いた。 このフィッティングの結果、B95相関汎関数は、既存のPW91やLYPと比較して、以下の点で優れていることが示された。

  • 平均絶対誤差の低減: 特にExact Exchangeを混合した場合において、B95を用いたハイブリッド汎関数は、当時の最高峰であったB3LYPやBD(T)に近い精度を、より少ない計算コストで達成した。
  • 1電子系の記述: 運動エネルギー密度の導入により、水素原子などのエネルギーを厳密に再現できるため、原子化エネルギーの計算においてベースラインの誤差が減少した。

5.2 汎用性#

B95は、原子・分子の熱化学特性(Thermochemistry)に特化して調整されているが、運動エネルギー密度という物理量に基づいているため、反応障壁の高さや遷移状態の構造最適化など、電子密度が急激に変化する領域においても堅牢な性能を示すことが後の研究で確認されている。


結論#

1996年に提案されたB95(Becke 95)相関汎関数は、密度汎関数法における相関エネルギーの記述を「動的相関」に純化するという明確な意図を持って設計されたMeta-GGA汎関数である。

Axel Beckeは、運動エネルギー密度 τ\tau から導かれる変数 DσD_\sigma を用いてフェルミ孔の曲率を記述し、それを相関孔の深さや広がりのモデル化に応用した。これにより、

  1. 1電子系における自己相関エネルギーの完全な消失
  2. 平行スピン相関と反平行スピン相関の物理的な分離
  3. 静的相関の排除によるExact Exchange混合との高い親和性

を実現した。 B95は、単体の相関汎関数として用いられるだけでなく、その設計思想が後のB97、B98、そして現代の多くのハイブリッドMeta-GGA汎関数(M06など)へと受け継がれており、計算化学における「化学的精度」の追求において不可欠な理論的基盤を築いたと言える。 特に、「DFTは動的相関を担い、波動関数理論(またはExact Exchange)が静的相関や交換を担う」という役割分担の概念を明確にした点は、現代のDFT開発における金字塔的な業績である。

参考文献#

  • A. D. Becke, “Density-functional thermochemistry. IV. A new dynamical correlation functional and implications for exact-exchange mixing”, J. Chem. Phys. 104, 1040 (1996).

  • B. J. Lynch, P. L. Fast, M. Harris, and D. G. Truhlar, J. Phys. Chem. A 104, 4811 (2000). (B1B95等の反応障壁に対する性能評価)

  • Y. Zhao, B. J. Lynch, and D. G. Truhlar, J. Phys. Chem. A 108, 6908 (2004). (Multi-coefficient correlation methodなどにおけるB95の優秀性の確認)

【DFT】B95相関汎関数の理論体系:運動エネルギー密度による動的相関の純粋化とハイブリッド法への展望
https://ss0832.github.io/posts/20251229_dft_mgga_correlaction_functional_b95/
Author
ss0832
Published at
2025-12-29