最終更新:2025-12-29
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序論:GGA黎明期における相関汎関数の課題
密度汎関数法(DFT)において、局所密度近似(LDA)から一般化勾配近似(GGA: Generalized Gradient Approximation)への移行は、物質の電子状態計算、特に化学結合のエネルギー評価において劇的な精度の向上をもたらした。この発展の歴史の中で、1986年にJohn P. Perdewによって提案されたP86(Perdew 86)相関汎関数は、GGAが「信頼できる物理的道具」として確立される過程において、極めて重要な役割を果たした理論的成果である。
LDAは均一電子ガス(Homogeneous Electron Gas)の物理に基づいているが、原子や分子といった実在の系は電子密度が空間的に急激に変化する不均一系である。不均一性を考慮する最も自然な拡張は、電子密度の勾配 の項を取り入れる勾配展開近似(GEA: Gradient Expansion Approximation)である。しかし、相関エネルギーに対する単純なGEAは、しばしば正の相関エネルギー(本来は負であるべき)を与えるなど、物理的に破綻した結果を招くことが知られていた。
1980年代前半、LangrethとMehl(LM)は、波数空間における相関エネルギーの分解(Wave-vector decomposition)という手法を用いて、このGEAの破綻を回避する汎関数を提案した。LM汎関数は画期的であったが、いくつかの理論的不整合を抱えていた。P86汎関数は、このLM汎関数の基本的な物理像を継承しつつ、**「交換項と相関項の厳密な分離」および「乱雑位相近似(RPA)を超えた多体効果の取り込み」**という2つの重要な改良を加えることで完成された。
本稿では、原著論文 “Density-functional approximation for the correlation energy of the inhomogeneous electron gas” (Phys. Rev. B 33, 8800, 1986) に基づき、P86相関汎関数の導出過程、数理的構造、およびその物理的意義について詳細に解説する。
1. 理論的背景:Langreth-Mehl汎関数とその限界
P86の理解には、その前身であるLangreth-Mehl(LM)汎関数の理解が不可欠である。DFTにおける相関エネルギー は、断熱接続公式などを通じて、波数ベクトル ごとの寄与に分解することができる。
1.1 波数空間でのカットオフ
LangrethとMehlは、均一電子ガスの相関エネルギーに対するRPA(Random Phase Approximation)解析に基づき、勾配補正が小さな波数(長距離相関)では正しいが、大きな波数(短距離相関)では偽の寄与(Spurious contribution)を生み出し、それが積算されてGEAの発散を引き起こすことを突き止めた。 そこで彼らは、ある特徴的な波数 よりも大きな波数成分をカットオフ(無視)することで、勾配展開を正則化する手法を提案した。
このカットオフ波数 は、局所的な電子密度とその勾配の関数として決定される。
1.2 LM汎関数の問題点
LM汎関数はLDAに比べて大幅な精度向上を示したが、Perdewは以下の2点において改善の余地があることを指摘した。
- 交換と相関の混同: LM汎関数の低勾配極限()における係数は、RPAに基づいていた。RPAは高密度極限では正しいが、実際の金属密度領域では交換エネルギーと相関エネルギーの寄与を適切に分離できていない場合があった。具体的には、Ma-Bruecknerによる相関エネルギーの正しい勾配展開係数と、LMがRPAから導いた係数には不一致があった。
- RPAの限界: LMは基礎理論としてRPAを用いていた。しかし、均一電子ガスの相関エネルギーにおいてRPAは過大評価(エネルギーを深く見積もりすぎる)傾向があることが知られていた。実在の系を記述するには、RPAを超えた(Beyond RPA)効果を取り込む必要がある。
2. P86汎関数の導出:物理的制約の充足
Perdewは、LMの「波数空間でのカットオフ」という基本アイデアを保持しつつ、上記の欠点を克服するための再構築を行った。
2.1 交換と相関の自然な分離(Natural Separation)
P86の第一の目的は、相関エネルギーの勾配展開(GEA)の正しい係数を回復することである。 密度が緩やかに変化する極限において、相関エネルギーは以下のように展開される。
ここで は相関部分の勾配係数である。 Perdewは、Langreth-Perdewの解析に基づき、この係数 を厳密に抽出した。重要な点は、交換エネルギーの勾配係数 と相関エネルギーの勾配係数 を明確に区別し、P86汎関数が のみを補正対象とするように設計したことである。これにより、任意の交換汎関数(例えばB88など)と組み合わせた際に、二重カウントや係数の不整合が生じないようになった。
2.2 RPAを超えた効果(Beyond RPA)の導入
P86の第二の革新は、均一電子ガス極限および勾配補正の両方において、RPAよりも高精度なデータを取り入れたことである。
- 局所部分(Local Limit): 均一電子ガスの相関エネルギー密度 として、PerdewはCeperley-Alderによる量子モンテカルロ計算の結果をVosko-Wilk-Nusair (VWN) がフィッティングした式ではなく、彼自身が再パラメータ化したもの(Perdew-Zunger 81)あるいはそれと同等の高精度な式を採用した。これにより、RPA特有の過大評価が是正された。
- 勾配係数: 勾配係数 についても、RPAに基づく値ではなく、より正確な多体理論(局所場補正などを含む理論)から示唆される密度依存性を取り入れた。
2.3 P86相関汎関数の具体的定式化
P86相関エネルギーは、以下の形式で記述される。
ここで補正項 は、波数カットオフの物理的描像を解析的な関数形に落とし込んだものであり、以下のような構造を持つ。
ここで、 は密度勾配の大きさに関連する無次元量であり、以下のように定義される。
(注:係数の詳細な数値や依存性は論文の式(11)-(15)による)
この という指数関数的減衰因子(Damping factor)が、P86の核である。
- 低勾配極限 (): となり、正しいGEA項 が回復される。
- 高勾配極限 (): となり、勾配補正項が消失する(あるいは抑制される)。これにより、単純なGEAで発生する相関エネルギーの発散(正の値への転化)が防がれる。
この関数形は、LM汎関数では複雑な積分として定義されていたカットオフ効果を、扱いやすい解析的な形(Generalized Gradient Expansion)として表現したものである。
3. 物理的意義と特性
3.1 勾配展開の正則化
P86の最大の功績は、相関エネルギーにおけるGEAの「正則化(Regularization)」に成功したことである。 相関効果は、電子間の長距離クーロン相互作用が遮蔽されることによって生じる。電子密度が急激に変化する領域では、遮蔽雲を形成するための十分な空間的余裕がないため、相関効果は抑制されるべきである。 GEAは局所的な勾配のみを見るため、この「相関の消失」を記述できず、逆に勾配の二乗に比例してエネルギー補正を増大させてしまう。P86の 項は、勾配が大きくなった際に自動的に補正をカットオフすることで、この物理的直観(強勾配下での相関の消失)を数学的に実現している。
3.2 原子の相関エネルギーの改善
原著論文において、Perdewは希ガス原子(He, Ne, Ar, Kr)に対する相関エネルギーの計算結果を示している。
- LDA: エネルギーを過大評価(絶対値が大きすぎる)。例えばNe原子では約100%近い誤差。
- LM: 改善されるが、RPAベースであるため依然として誤差が残る。
- P86: 実験値(正確な相関エネルギー)との一致が著しく向上。Ne原子において、LDAの誤差を大幅に削減し、化学的精度に近づいた。
この結果は、RPAを超えた効果(Beyond RPA)を取り入れたことと、交換・相関の分離を正しく行ったことの正当性を裏付けている。
3.3 交換汎関数との組み合わせ:BP86の誕生
P86は相関汎関数単体としても優れているが、その真価は交換汎関数と組み合わされたときに発揮された。 1988年にBeckeがB88交換汎関数を発表すると、直ちにP86との組み合わせが試みられた。これが**BP86(Becke 88 Exchange + Perdew 86 Correlation)**である。 BP86は、従来のHartree-Fock法やLDAでは記述できなかった「金属錯体の結合エネルギー」や「振動数」を驚くべき精度で再現した。これにより、DFTは物理学の理論から、化学者のための実用的なツール(量子化学計算手法)へと飛躍的な進化を遂げた。P86は、化学分野におけるDFTの普及を支えた隠れた立役者と言える。
4. 後の発展:PW91からPBEへ
P86の成功は、その後のGGA開発の指針となった。 Perdewはその後、Wangと共にP86の論理をさらに推し進め、実空間カットオフ(Real-Space Cutoff)というより厳密な条件を課した**PW91(Perdew-Wang 91)汎関数を構築した。PW91はP86よりもさらに物理的制約を厳密に満たすように設計されているが、その根底にある「勾配展開の発散をカットオフで抑える」という思想はP86で確立されたものである。 さらに、PW91の数理的複雑さを解消するためにPBE(Perdew-Burke-Ernzerhof)**が開発されたが、PBE相関汎関数もまた、低勾配でのGEA回復と高勾配での相関消失というP86の基本特性を受け継いでいる。
そうした意味で、P86は現代の標準的なGGA汎関数の起源の一つと位置づけることができる。
結論
1986年に発表されたP86相関汎関数は、密度汎関数法における相関エネルギー記述の転換点となった。 John P. Perdewは、Langreth-Mehl汎関数が示した「波数空間でのカットオフ」という物理的洞察を継承しつつ、交換項と相関項の自然な分離、およびRPAを超えた多体効果の導入を行うことで、物理的に堅牢な汎関数を完成させた。
P86の導入した による減衰因子は、勾配展開近似(GEA)が抱えていた発散問題を解決し、原子・分子から固体表面に至るまで、幅広い不均一系に対して妥当な相関エネルギーを与えることを可能にした。特にB88交換汎関数との組み合わせ(BP86)は、計算化学におけるDFTの有用性を決定づけるものとなった。 現在ではより洗練されたPBEなどが主流となっているが、P86の設計思想――物理的限界(Limits)を満足させることで普遍性を獲得する――は、今日の汎関数開発においても変わらぬ指導原理として生き続けている。
参考文献
- J. P. Perdew, “Density-functional approximation for the correlation energy of the inhomogeneous electron gas”, Phys. Rev. B 33, 8800 (1986).
